→NOT ODAYAKA!

アレはおだやかじゃなかったわね〜

2019.3.8「Wake Up, Girls ! FINAL LIVE ~想い出のパレード~」どうしてSSAが埋まったのか

ファンの応援活動の在り方について書きました。

2019年3月8日、大衆的な評価から負け続けてきたとされる声優ユニットWake Up, Girls! FINAL LIVE ~想い出のパレード~」の会場はさいたまスーパーアリーナ。誰もが大きすぎると思ったSSAがなぜ1万3000人で埋まったのか。一般発売のチケットが完売した時WUGちゃん自身が一番驚いていたし、古参やガチなワグナーほど驚いていたように思う。新参の自分は知る由もないが2018年5月12日幕張メッセイベントホールが埋まらなかった「Green Leaves Fes」を体感した人への衝撃は大きかっただろう。

2019年3月8日のSSAが埋まった理由。一人一人の口コミの情熱で埋まったのではと、本気で思っている。

 

One In A Billion

そう思うのは3月8日「One In A Billion」が歌われたこと。そして同曲をWake Up, May'n!としてコラボしたMay'nがチケットを自前で手配し、客席からいちワグナーとして応援していたこと。

正直WUG曲の中でも「One In A Billion」はあまり聴き込んでいなかったしMay'nのことも名前は知っていても詳しくはない。Wake Up, May'n!が結成された経緯も大して知らないのだけど、レーベルメイト同士みたいな商業じみたコラボではなくWake Up, Girls!に惚れ込んだMay'n自身の強い想いによって実現したコラボレーションだと聞いている。

大衆的な評価から負け続けてきたWake Up, Girls!にとって業界の人気歌手直々のコラボレーション。しかも世代的にWUGちゃんにとって憧れの存在との共演がどれほどの希望や勇気を与えたか。

結果的にタイアップ曲全てがWUGにとってセトリから外せない大切なものであり披露されたが、その中でも絶対「One In A Billion」は入るのはわかっていたし、May'nの分空白となった白のスポットライトによって、Wake Up, Girls!からMay'nへ最大限の感謝を示した。

One In A Billion

奇しくも同曲のテーマである100万分の一。

この広い世界で君と巡り合った奇跡。

一人のワグナーとしてWUGちゃんを全力で応援したMay'nや一人一人のワグナーの熱意が巡り巡ってSSAを埋めた奇跡。

 

業界内からの熱意

全国12会場33公演、半年にも渡るHOMEツアーを大成功させたWake Up, Girls!が獲得したエクストラステージSSA公演。例えばμ'sのような他のファイナルライブのケースをよく知らないのだけどHOMEツアーのワグナーたちの圧倒的な熱気とは異なり、SSAで大々的にファイナルを迎える声優ユニットに対するアニメメディアや世間の反応はあきらかに薄かったと思う。最後の半年にも満たない期間しか知らない僕がいうのはアレだけど、雑誌の表紙を飾ったり大々的な特集が組まれたりという話は聞かなかった。SSAに取材に来たメディアも見当たらなかった。もちろんメディアに載るには政治的な手続きが必要だしそういう面でWUGコンテンツの体力が足りなかったのはそうでしょう。 

大手メディアに頼れないWUGがSSAを埋めるのはやはり簡単なことではない。

一般のワグナーだけではどう考えても難しいSSAを埋めるという挑戦をまず後押ししてくれたのは業界関係者の熱意だ。上で挙げたMay'nさんの話もそうだし、声優ラジオを聴く上で避けて通れない鷲崎健さんも多大な貢献をされた方でしょう。自身を言語化おじさんというだけあってWUGちゃんの魅力をとにかく語り尽くしてくれた。WUGは大手メディアには載れなかったけど異常な熱量を持った業界人とのつながりが強かった。

声優ラジオに触れる上で避けては通れないラジオパーソナリティ(本職はミュージシャン)。

本人自ら俺のこと嫌いな奴は多いと思うけど…と言うように喋りや番組追求への厳しさから、推しの番組をただへらへらと聴きたいだけのオタクにとっては苦手意識を持つ人も少なくないのかもしれない。自分も元々少なからずそういう意識を持っていたけど、その実態は音楽やエンタメにどこまでも真剣でエンタメの言語化を本気で実践しているお喋りおじさんだった。

個人的にはAIKATSU☆STARS! の裏曲的な「ラン・ラン・ドゥ・ラン・ラン!」を超カッコいい曲だよねと褒めるのを聴いたとき無性に嬉しかった覚えがある。(絶対広川恵信者だよ)

WUGちゃんに関しても番組で絡む機会が多く、まゆしぃが推しになってからはWUGの魅力の言語化が加速して、自分が仕事の都合上行けないSSA公演やWUGの魅力についてどのメディアより熱く、時には泣きながら語ってくれた。

WUGちゃんねるという楽屋のWUGちゃんにもっとも近い部分を映してくれた神番組に飽き足らずバスツアーや忘年会のライブ配信。WUGちゃんねるだけでなく、親番組ファミ通ちゃんねるの枠でも番組を用意して下さったりと、待遇とスタッフの愛が異常。ワグナーから集めたコメントを色紙にして最後のWUGちゃんねるの配信でプレゼントしたのも尊すぎたな。SSAの前日発売の週刊ファミ通にて、一番見やすい真ん中の折り目から始める18ページもの大特集を組んで送り出してくれた恩は一生忘れない。

アニメイトタイムズさん、というか川野優希さんのWUGに関する記事を是非読んでください。熊本に行けなかった僕は川野さんの記事に心底助けられたしWUGに関してここまで書くようになったのも川野さんの影響が大きい。仕事だからという領域を超えて、自分が知った素敵な世界とその想いを世の中に伝えたい、残したいという熱意をあなたの記事から受け取りました。

フェアや限定特典にどこよりもアツかったお前しか勝たんゲマ(でも僕はわぐらぶで買う)

唯一といっていい放送局による密着特集。

ANIMAX MUSIX 2018 YOKOHAMAではWUGに特別な花道を用意してくれた。

 

i☆Risおじさんからただの水色ワグナーになっていたバロン大野等々、WUGに惚れた一人一人の業界関係者の熱量が尋常じゃなかった。

それとSSAに向けてWUGの各メンバーが色々な声優の番組やラジオに出演していたけどWUGはどこでも推し補正なしで愛されていた。これは補正込みの発言だけどこんな良い子たちいないもん、そりゃ業界人からも好かれるわ。

各界隈オタクは自分の推しの話しか聞かない、これはガチ。でもそれって翻すと自分の推しが勧めるものに関しては興味を持つということ。WUGちゃんがアニメや舞台で共演した人たちの中から熱烈なワグナーが生まれ愛されていったのは、実力以外にも人柄とか色々あったんだろうね。自分の推しがWUGを褒めていたら興味を持つ。オタクってめんどくさいようで単純だ。

完全余談だか舞台プロジェクト東京ドールズの稽古場で堀越せなさんが極スマ歌いながら奥野香耶さんに雑に絡みにいって、「…?」「あ、極スマです笑」「あ…のれなくてごめんね」って気を遣わせたエピソード狂おしいくらい好き。

 

ワグナーの熱意

結局はこれに尽きる。

横須賀でHOMEツアー終了後のエクストラステージ、SSAでのFINAL LIVEが発表された夜センターメンバーは舞台上で不安を零したという。

冒頭に戻るが埋まらなかった「Green Leaves Fes」を体感した人こそFINAL LIVEの喜びとは別に、そういった不安な想いを抱いただろう。わずか2ヶ月ちょっとの準備期間であのSSAを埋めなければならない。前述のようにWUGコンテンツに大々的な宣伝をうつ体力はないのでこれまで通りひたむきにやっていくしかなかった。

ワグナーは既にHOMEツアーを成功させつつあったWUGちゃんの実力を目の当たりにしているにも関わらず、WUGちゃんは自分たちの大衆からの評価に確信を持てず、初めての人でも絶対楽しませるからと売り込みをしなければならない状態。

普通ファイナルを華々しく飾る大型コンテンツのファンだったらむしろチケットの争奪戦になり自分の周りのことしか意識が及ばないだろうけど、ワグナーの場合WUGの実力を知りながらも自分たちで地道に宣伝しなければならないWUGちゃんたちの姿に心打たれ、自分も力になってSSAを埋めたいという当事者意識を持たなかった人はいないんじゃないか。

わぐらぶ先行申し込みの上限7連番は7人というWake Up, Girls!にとって重要な数字であると同時にワグナーよ、どうにか7連番集めてくれという運営からの願いでもあっただろう。

ワグナーはHOMEツアー中各地のあらゆるものを枯らしていったが、わぐらぶ会員限定のHOMEツアー全国12会場スタンプラリーのコンプリート特典であるアルティメットバッグステッカーの配布予定分まで枯れたという。33公演全通者やそれに準ずるレベルの化物ワグナーが3桁は居たって言われてる。

そのレベルのガチ勢や他のワグナーたちが連番者をかき集めることでSSAの半分は埋まったのでないか。

WUGちゃん自身の頑張りや魅力が8割方なのは大前提として、WUGのことを本気で好きな人たちの熱意がいろいろな行間を埋めSSAを埋めるに至ったのではないかというのが僕の考えです。

 

ファンの応援活動の在り方

今回のメインテーマ、まず持論から。

究極のファン活動って推しの仕事に対して自分の仕事で報いることだと思う。自分の番組のフリートークでWUGの事を話し続けた鷲崎さんのように、自分の得意な領域で推しの魅力を伝えるなど外に開いた応援が出来る人ってかっこいいと思う。WUGの場合少なくともファイナルに向けては、これまで書いてきたように外への発信力や熱意ある業界人やワグナーの割合が凄かった。

ここで少しガチ恋論を。これはガチ恋を否定するものではなくただの指摘だけど、ガチ恋と応援活動の両立って究極的には成り立たない。

ガチ恋みたいに究極的には自分だけへの私信を求める行為は自己満足的で閉じた応援活動だ。いやそもそも応援と呼べるのか。推しのことを語っているようで自分語りやイキりにしかなってない人が多くないか?自分の好きな対象の魅力を客観的に人に伝えるのって難しいんだ。内向きの応援が推しの活動を後押し出来るのか疑問だし先へのつながりを生まない。自意識的にやってるならいいと思う。実際イキるのは楽しいし誰だって接近の後はガチ恋しちゃってる(個人の感想)。

ガチ恋とは別の閉じた応援について具体例を挙げるのはアレだけど(そんな◯理が好きだよおじさん)とか(W◯Gちゃんがんばっぺおじさん)とか相手の想いを汲んだ上で放ったものではない。自分が気持ち良くなるための言葉だ。繰り返すけどこれは批判ではなく指摘、いやでも例が具体的過ぎて流石に悪口か。現場だとこういった不確定要素が面白かったりするしなんだかんだ本当に嫌いではないのだけどこのニュアンス伝わるかな。

自分の愛の重さでイキるな。究極的にはオリンピックで金メダルを獲った時やノーベル賞を受賞した時、推しが支えでしたと言えるオタクが世界一カッコいいと思う。自分の仕事や人生の中でこそ推しに報いたい。話が逸れている。

 

繰り返すがワグナーを語る上で当事者意識というものが度々挙げられた。WUGちゃんのとてつもない魅力や実力を知っているのは自分たちだけで、彼女たちが世界から見つけられず認証されない悔しさ。満員のSSAを確約させてあげられない悔しさ。

何よりWUGちゃん自身のSSAを埋めることに対する不安や色々な番組に出演してひたむきにお願いしている姿に心を打たれ、当事者意識を持たなかったワグナーはいなかったと思う。

界隈だとか勢力争いだとかクソったれが横行するアニメコンテンツ業界の中で、自分語りやイキりではなくWUGをただ知って欲しい見て欲しいという純度の高い外に開いた応援活動が繰り広げられた、そんなSSAまでの準備期間だったように思う。

これだけの規模、これだけ濃いファンの応援活動はもう二度とお目にかかれないかもしれない。僕はワグナーの功績をこうやって言葉に残す。

 

HOME

最後になるがSSAの完売はWUGやワグナーにとって本当の目標ではなかった。

本当の目標はこれまで各地にHOMEといえる場所を増やし続けたWUGの活動における最後のHOMEをSSAに作ることだったと思う。

だからチケット完売した後も、何千人もの新規が訪れ完全HOMEにはならないと予想される空間をどうやってHOMEに変えていくか。その為にワグナーにどういう振る舞いが出来るか考えた人は多いと思う。2600人の精鋭が集まった公開リハでのコールはまったく響かなかった。やはりSSAは大きすぎた…

だから開演の瞬間までWUGがSSAで勝てるのか分からなかったし、新規の心をぐっと引き込むために初手「海そしてシャッター通り」や「言葉の結晶」がありえるのではと本気で考えていた。

 

浅沼さん、日高さん、鈴村さんの開場アナウンスが終わり一曲目のイントロが流れてくる。はじまりのコールが世界一カッコいいあの曲だ。

 

Wake Up, Girls!

のコールと共にSSAが本当に爆発した瞬間、

大衆的な評価から負け続けてきたWake Up, Girls!は既に勝っていた。SSAの全員の心を掴んでいた。

2600人ではまったく響かなかったSSAに1万3000人の熱量が響き渡った。

WUGちゃんやワグナーの熱意はちゃんと新規に届いていたんじゃん…既に全員ワグナーでHOMEだった。

 

そうやって「Wake Up, Girls! FINAL LIVE ~想い出のパレード~」の幕が開いたんだ。

Wake Up, Girls!FINAL LIVE ~想い出のパレード~へ、祈りと引用

Wake Up! この祈りよ届け

今 夢に向かうよ 両手伸ばして

Stand Up! 迷いなく走り出そう

この世界で 生きるために

君と共に my only one.

『タチアガレ!』WakeUp,Girls!

 

愛は祈りだ。僕は祈る。僕の好きな人たちに皆そろって幸せになってほしい。それぞれの願いを叶えてほしい。温かい場所で、あるいは涼しい場所で、とにかく心地よい場所で、それぞれの好きな人たちに囲まれて楽しく暮らしてほしい。最大の幸福が空から皆に降り注ぐといい。

僕は世界中の全ての人たちが好きだ。名前を知ってる人、知らない人、これから知ることになる人、これからも知らずに終わる人、そういう人たちを皆愛している。なぜならうまくすれば僕とそういう人たちはとても仲良くなれるし、そういう可能性があるということで、僕にとっては皆を愛するに十分なのだ。世界の全ての人々、皆の持つ僕との違いなんてもちろん僕は構わない。人は皆違って当然だ。皆の欠点や失策や間違いについてすら僕は別にどうでもいい。何かの偶然で知り合いになれる、ひょっとしたら友達になれる、もしかすると、お互いにとても大事な存在になれる、そういう可能性があるということで、僕は僕以外の人全員のことが好きなのだ。一人一人、知り合えばさらに、個別に愛することができる。僕たちはたまたまお互いのことを知らないけれど、知り合ったら、うまくすれば、もしかすると、さらに深く強く愛し合えるのだ。僕はだから、皆のために祈る。祈りはそのまま、愛なのだ。

 祈りも願いも希望も、全てこれからについてこういうことが起こってほしいとおもうことであって、つまり未来への自分の望みを言葉にすることであって、それは反省やら後悔やらとはそもそも視線の方向が違うわけだけど、でも僕はあえて過去のことについても祈る。もう既に起こってしまったことについても、こうなってほしいと願い。希望を持つ。

 祈りは言葉でできている。言葉というものは全てをつくる。言葉はまさしく神で、奇跡を起こす。過去に起こり、全て終わったことについて、僕達が祈り、願い、希望を持つことも、言葉を用いるゆえに可能になる。過去について祈るとき、言葉は物語になる。

 人はいろいろな理由で物語を書く。いろいろなことがあって、いろいろなことを祈る。そして時に小説という形で祈る。この祈りこそが奇跡を起こし、過去について希望を煌めかせる。ひょっとしたら、その願いを実現させることだってできる。物語や小説の中でなら。

舞城王太郎好き好き大好き超愛してる冒頭文

 

あなたに 誰かに 聴いてほしいことがある

想いの 言葉の結晶

『言葉の結晶』Wake Up, Girls!

 

僕は世の中を儚気に歌うだけのちっちゃな男じゃなく

太陽が一日中雲に覆われてたって 代わって君に光を射す

優秀に暮らしていこうとするよりも 君らしい不完全さを愛したい

マイナスからプラスへ 座標軸を渡って

無限の希望を愛を 夢を奪いに行こう

捕らえに行こう

『hallelujah』Mr.Children

  

この日々を未来にしよう この日々を信じていこう

憧れてる お互いのまま わたし達は走る

見守ってて大事なJewel 涙ごと煌めくJewel

どんな時も どこにいても 大好きだよ

忘れないで

『Jewel Star Friendship☆』るか・ななせ・かな・みほ from AIKATSU☆STARS!

 

そう明日もその先だって 答えは一つだった

僕らの儚い美しさ

人生のほんの一瞬 夢を分かち合った

忘れないたとえ離れても

君といた星はVintage

『Vintage』松岡ななせ

 

いつかの夢 私の夢

Say Goodby

今だけは今しかない

夢を追いかけたいよ

また迎えに行くから

待っていてね

『snuggery』久海菜々美(山下七海)

 

出会い 始まり 楽しさ

満ちた春は

別れ 終わり 悲しさ 背負う春で

心まじわり揺さぶられる交差点に

君は立つ

選んで 進まなくちゃ

溜息デクレッシェンド 静かになる

勇気出す一歩 準備してる

さあもう大丈夫 歩き出せるよ

桜色クレッシェンド 色めく春

舞い上がってった はかない夢は

さらってったんだ

ひとしずくまで

二度と戻らない その日々が

明日を連れてくるよ

まっすぐ受け止めて進んでく

嬉しいも切ないも自分

未来作ってゆくんだ

『桜色クレッシェンド』永野愛

 

───────────

 

 

 

 

無理はしない 僕は向こうにいるよ

“愛したら報われる”んなら

どんな手でも使うところだけれど

君のいない世界にだって おそらく

何らかの幸せを見出す

そんなことは当たり前になってしまう

働こう

『労働』peridots

WUGのセンター吉岡茉祐さんとWUG現場の異常さ

Wake Up, Girls! FINAL TOUR - HOME - ~ PART Ⅲ KADODE ~愛知3公演でぶつけられたものを言語化しきるエネルギーを持ち合わせていないので、WUGのセンター吉岡茉祐さんとWUG現場(というよりPART Ⅲ KADODE )の異常さに絞って書きます。

 

 WUGのセンター吉岡茉祐さん

Wake Up, Girls!の絶対的センターであるまゆしぃこと吉岡茉祐さん(顔がいい歌が上手いダンスかっこいい)。

17日愛知昼は公演ごとに異なる日替わりプリンセスにまゆしぃが選ばれ「HIGAWARI PRINCESS」という楽曲をセンターで歌いました。曲前、吉岡茉祐さんをピックアップしたスライドショーが流れ各メンバーから吉岡さんへのコメントが紹介されます。吉岡さんのパーソナルな部分の可愛らしさや真面目さに触れると共に、ほとんどのメンバーがまゆしぃこそWUGの絶対的なセンターなんだということを強調していました。

メンバー中唯一芸能経験があったまゆしぃは業界初心者の他メンバーに比べ最初からパフォーマンス力で一つ抜けた存在だったみたいですし、性格的にも超負けず嫌いでセンターポジションへのこだわりは幾度も語られてきました。努力と経験を重ね、全メンバー初期とは別次元へと底上げされた現在のWake Up, Girls!においても総合力においてやはり一つ抜けている存在。センターになるべくしてなったんだと目撃した人誰もが認める存在が吉岡茉祐さんです。

繊細なWUG楽曲の特質性と相まって、各メンバーの声質も繊細で透明感溢れる人が多い中で、ひときわパワフルな歌声とダンスでパフォーマンスするのが彼女。でも彼女の魅力はどこまでもパワフルな「タチアガレ!」や「Beyond the Bottom」に留まらず、「言の葉 青葉」「雫の冠」などバラードやキャラソンでみせるどこまでも繊細な歌声や表情。

相反する二面性の化身みたいな魅力的な人です。

「HIGAWARI PRINCESS」の間奏ではその日のプリンセスからオリジナルの台詞が入ります。

例を挙げましょう、同日夜公演のプリンセスだった青山吉能さん。

「よぴよぴプリンセス〜よっぴ〜ぷりぷり〜ww」(芹澤感)

これにはメンバーも水色推しもズコーーー。

すまんがこれは駄目な例。でもそんなよしのが好き。

続いて昼公演吉岡茉祐さん、

「(ありえん可愛い)プリンセスもいいけどぉ⤴︎」

   (ありえんイケボ)プリンスもいいよね(微笑み)」

ほんとすごいのよ。演じ分けが。天才。

本人は可愛い系キャラを演じるのを極度に嫌がる故他メンバーからいじられてしまいますがマジで可愛いんだから仕方ない。

ライブ中誰よりも活き活きとした表情でオーディエンスを煽ったりはっちゃける(暴れる)まゆしぃは間違いなく舞台上を自分の生きる場所とする生粋の表現者であると同時に、誰よりも可愛らしい一面を備えているのがズルい、好き。

そんな中17日愛知昼公演の「Beyond the Bottom」は魂が震えた。

(夜公演BtBをベストに挙げる人も多くどちらも相当ヤバかったのですが個人的には昼です)

16日夜公演の時点でもまゆしぃの歌の気迫にボロボロに泣いてしまったんだけど17日はあらゆる面で異次元だった。

この曲の歌い出しはまゆしぃだけど歌い出し前時点でのオーラと一つ一つの動作が異常だった。何をみせられてるんだと思った。そして歌がはじまりあまりにも気迫を纏った歌声に感情が臨界点を越えて頭がおかしくなり只の感情になってしまった。こんなステージみたことなかった。

普段はよぴちゃん中心に他メンバーをみているんだけどこの演目の吉岡茉祐からまったく目が離せなかった。人間としてのパフォーマンスの究極、或いはそれ以上の何かをみせつけられた。

丁度21日アニメイト池袋にて行われた頂点ズ※のトークショーで「Beyond the Bottom」の話が挙がったそうです。

拝見させてもらったレポートにて、

BtBは人として歌ってない、魂になって歌ってる。メンバーが2人ずつ手を繋いで目を合わせた瞬間に人間に戻る。(永野)

i☆Risさんにもこの曲は人気があって歌いたいってずっと言ってたんだけど、この曲だけは譲りたくなくて、私達以外の色には染められたくないという意地が詰まった曲。(吉岡)

という本人達からありえん強い解釈が。

でもあのパフォーマンスをみせつけられたら間違いなく納得する。

作詞の彼は今でも「Beyond the Bottom」はWUGにとって書きすぎた歌詞、個人的な想いをのせすぎた歌詞だと考えているのかもしれないが、最早そうではなくなったと今の彼女達のパフォーマンスをみればわかる絶対に。そういう領域に達していた。

そんな鬼神の如きパフォーマンスを見せた吉岡茉祐さんですが、奥野香耶さんがまゆしぃの真っ直ぐな瞳が大好きと表現される様に、ステージから降りた素の彼女の控えめで実直な魅力がまた…

どこまでも真っ直ぐな歌声とどこまでも真っ直ぐな瞳。こんな人間が存在したんだと率直に思う。 

MEMORIAL衣装からアンコールでツアーTシャツ+アニサマスカートに着替えた時一番ギャップが出るのが彼女だと思います。(門出のための麗しいMEMORIAL衣装からTシャツに着替えた時全員どこか芋っぽい姿に戻るのも、やはりWUGの魅力だと思います)

汗だくでツアーTなどラフな装いになってる時の彼女はちびまる子ちゃんのような素朴な女の子に戻っているかのようだ。

とてつもない業を背負った「BtB」や「タチアガレ!」を経て、只の女の子に戻った彼女達が「Polaris」という彼女達自身の重さが詰まった曲を最後には笑顔で歌う姿が好きなんです。

この項は主に吉岡茉祐さんの二面性について書きましたが相反する二面性というものはWUGというグループ全体にも当てはまると思う。そして今、彼女達は最強のセンターと最強のグループになっている。

 

ワグナーとWUG現場の異常さ

舞台に上がる演者や舞台を作り上げるクリエイターサイドの人間と観客側(消費者サイド)の間には絶対的な断絶が存在する。

青山吉能がWUGとワグナーの関係はファンと演者の域を超えていると言ってくれるのを喜ばしく思うのはそうなんだけど、それを都合よく解釈してオタク側からワグナーとWUGの関係は特別だからな〜とイキるのは違う、と思う。超えちゃいけないラインだと思ってた。

ワグナーに限らず芸能人やスポーツ選手等の特別な訓練や技能を積み選ばれた人間と自分とを、さも同列に語りたがる一般人の肥大な自意識がグロくて無理だしワグナー界隈も必要以上にイキってる節があるんじゃねえかと思っていた。閉じコン(キツい表現でごめん)故の密度の濃い関係性はあったのだと思うけど、どこの現場でもピンチケの割合が違うというだけで文脈に合わせてステージやコンテンツを盛り立てていこうという集合意識は働いているもので、そこには精度の違いがあるだけだから。

それでも愛知公演で目撃したWUGとワグナーの関係性は異常だった──、というよりWUGからワグナーに向けられた信頼が異常だった。

まさか誰も愛知で披露されると思ってなかった「さようならのパレード」について、この曲を神前先生からいただいた時「後は君たちで完成させてくれ」と言われた。このタイミングで披露するのはワグナーさんとこの曲を作り上げたいから、との前振りがあった。

初披露の17日昼公演では観客はほぼ地蔵で見守ることしか出来なかった。しかし夜公演では曲中のある演出に対して拍手が起こったり最後の歌詞カードには乗らないフレーズを奥野香耶さんが一緒に!と背中を押してくれることによって合唱することが出来た。楽曲世界観のベースの様なものがすでに愛知夜公演の時点で作り上げられていた。

多くが予想していたツアーファイナルの仙台からの披露だったら多分オタクはそれぞれ受け止めるのが精一杯のお気持ちになったままSSAに向かっていた可能性が高いが、WUGからワグナーへステージを一緒に作り上げたいという明確な意思が提示されたことによって各個人が曲の解釈や最後のSSAに向けた気持ちの整理に向かっていく道筋がみえたんじゃないかな。仙台を経てもっと素晴らしい「さようならパレード」になっていくんだろうなという勇気を貰うことが出来た。

そういうワグナーの意思がすぐに現れたのは「さようならのパレード」や尋常じゃなかった「BtB」を経ての「タチアガレ!」。

今までWUGが何百回も、一番沢山歌ってきたこの曲の間奏の叫びについて、間違いなく今日が至上最高の叫びだったとメンバーに言わしめた。

またアンコールの「Polaris」。

この曲では落ちサビ後WUGちゃんたちが肩を組みながら歌うタイミングで一部の連番者や強いオタクたちが一緒に肩を組みあって歌うというのが習わしになっていたのだけど、この日の夜公演の一階席、ほぼ全員が肩を組んで歌っていた。これまで精々2、3割くらいは組んでるかなという流れだったのにも関わらず、突如一階席のほとんどが肩を組みあい、会場全体が蠢いている様子を二階から眺められたのは壮観だったな。

WUGはいつもワグナーのことをいい人しかいないと持ち上げてくれるけど、界隈間で仲が悪いだとかMIXを入れたら後ろから殴られたなんて報告が上がったりとか空気読めないタイミングで叫ぶマジモンがいたりとか、当然一枚岩ではないし解釈違いなんてそこら中にいる。

それでもMCでよぴちゃんが言ったようにそれぞれ考え方とかがまったく違う人間同士が、WUGが好きという共通点で好きな曲を共有している時間ひとつになれることがある。「今この同じ瞬間 共有してる実感」ほんまそれな…。

愛知公演後WUGとワグナー間の共依存的関係の異常さ、こんな現場ありえないみたいなことを説いていた方がいたけど、それを僕も愛知で思い知らされました。

客席の一番奥まで練り歩きたがるWUGからワグナーへの信頼。どこまでも一緒にステージを作り上げたがるWUGからワグナーへの信頼。

WUGとワグナーの関係性は間違いなく特別だし異常だった。

 

「今この同じ瞬間 共有してる実感」

昔好きだったグループの解散やコンテンツの終了を聞いたとき、「好きだったのになー」「さびしくなるねー」といった感想が漏れることってよくある。

関心のないコンテンツだったらただ無関心に終わるので、程度の違いはあれどさびしさを覚えるというのは何かしら価値観を分かち合った証だといえる。

反面すぐに「好きだったのになー」という感想が出るということはそれはその人にとって既に過去形になっているということ。さびしいけれど怖れることではない。僕にとってSMAPの解散や嵐の活動休止について一抹のさびしさは覚えるものの、その後のパーソナリティに強い影響を与えるものにはならないんだと思う。

2018年2月3日、最高のツアーを完走してハイになっていた僕らがカラオケの受付待ち時間に知ったミルキィホームズの解散も、6月某日のWake Up, Girls!の解散発表についても、僕にとっては一抹のさびしさを与える程度で内情に強い衝撃を与えるものではなかった。

僕にとっては2月4日の17:52、アイカツ!の歌唱担当グループSTAR☆ANISとAIKATSU☆STARS! が公演まで既に1ヶ月をきっていたアイカツ武道館をファイナルライブに卒業するという報せがこの世の終わりだったし、アイカツ武道館終演後死ぬんだと思ってた。それくらい想い入れのあるコンテンツでありグループだった。

グループの解散(アイカツの場合卒業と言っていたが実質解散だった)で一番怖れることは、自分にとって過去には出来ない場合だ。

推し(コンテンツ)について雑に説明する場合神だとか宗教が近いんだろうな。推しは生きていく上での軸であり指針だ。神は人知の及ばぬ絶対的存在故その存在は信仰という集合意思が消えない限り半永久的に保障されるが、我々オタクにとっての神である推しは神であって神ではない。例え信仰が残っていたとしても、人もコンテンツも極めて人為的に容易く終わりゆくものなのである。

自分が生きるための指針として失くせるものではないのにその存在が見えなくなってしまう恐怖。忘れたくないのに姿が見えなくなることで信仰が薄れ、やがて忘れてしまうかもしれない恐怖。

ライブみたいな生モノについてレポートを残したりするのって結構無粋だと実は思っている。「今この同じ瞬間 共有してる実感」こそがライブなので言葉にしてまとめてしまった時点で既に生モノではなくなっている。まぁ僕もやっちゃうし他人のレポも沢山読みたいと思うけど、究極的には自分が忘れたくないからせめて言葉に残そうとする。言葉を結晶にして忘れないよう留めておきたくなる。

話がいよいよ今のWUGに戻ってきた。

解散発表時ほぼ関心のなかったWUGを秋頃から認知し今年の大阪、長野の公演に参戦してからは、溢れる出るお気持ちを表明してきたのだけど愛知公演を経て決定的に変わったことがある。

これまで一歩引いた位置で見れていたからこそ言語化できた面があった反面ライブでは自分の気持ちの折り合いをつけられず弾けきれない感があったのだけど、上記の吉岡茉祐さんやワグナーの異常性に触れ、愛知での圧倒的なパフォーマンスを見せつけられた結果、感情が振り切れてボロクソに泣いて沸き曲でドチャクソにはしゃぐ感情の化物に戻ってしまった。

「言葉の結晶」がみんなで作る舞台芸術と評されるみたいなWUGの生真面目さみたいな部分に特に惹かれ現場に足を運んでいたのだけど、7GW衣装で「7GW」をリーダーがファーー⤴︎wwと歌ってみたり(初期によくやっていた癖メンバーに弄られてからやらなくなった)、間奏でシャチホコとにこみそにうどん(みそ煮込みうどん)とタコの刺身と手羽先風シャチホコになって踊ったり(文面で伝わらない)、割と真面目な僕フロやスキノスキルなどのミドルチューンでも自分がメインじゃないとこで一々ふざけ合ったり、アガペーの自由振りの場面でいつも反対サイドばかり沸いてると最後期のこのタイミングで怒り出したり、規範的なパフォーマンスとは別質の彼女達のバラエティ面とライブパフォーマンスとここにきてシンクロした、間違いなく最強のライブ体験だった。一歩引いてみれていた世界の沼にどっぷりと浸かってしまった。WUGも僕にとっての軸になった。

自分にとってそういう存在はアイカツ!だったし、それがμ'sであったりドリフェスであったりミルキィの人もいたのかな。

愛知公演以前までは自分が当事者になりきれていない故の余裕がまだあった。SSAは死ぬほどさびしいけれど死ぬほど怖いものではないと思っていた。

でもMCで青山吉能も言ったけどライブが楽しければ楽しいほど終わりがみえてきてさみしくなる。愛知が死ぬほど楽しかったので帰り道自分が仙台に行けないことが死ぬほどさみしかったしはじめてSSAが怖くなった。あの2.28の武道館の感情を思い出してしまった。

Wake Up, Girls!との「今この同じ瞬間 共有してる実感」はSSAで終わる。

 

でも愛知で観ることの出来たWUG最後の曲、「さようならのパレード」で歌われていることは、終わること・進むこと・生きること。

だから3.9以降も生きていくしかないしそもそもメンバーの仕事の詰まり具合が強すぎるのでオタクも休む暇なんてなく(それでも特に田中美海さん休んで欲しいけど)それぞれの物語をはじめる、今日が生まれ変わるSTART DASH SENSATIONなんだ。

(終演後石濱翔田中イベムーブ やりません)

「Wake Up, Girls!」は屈折して透明になる

アイドル「Wake Up, Girls!」とその楽曲の特質性について言語化おじさんやっていきます。WUGやアイドルに少しでも興味があれば、よければ必ず読んでください。

 

 

WUGライブのハジけきれない感じ

好きなアーティストやコンテンツのライブ中高まりすぎると記憶を失うじゃん(じゃん?)

理性を超えた感情が剥き出しになる瞬間、そういうものってライブの醍醐味だけど今年から参加し始めたWUGのライブは楽曲への思い入れの強さに反して理性が飛んでトリップしたり号泣したりってのがない。WUGのライブでは頭に色々な考えが巡りどこか客観的にみてしまう。

それは僕がWUGをまだまだ解釈出来てないということでしょう。例えば「ダイヤモンドハッピー」(アイカツ石濱翔)なら寝惚けながらでもキマることが出来るのでDNAレベルまで血肉となっているアイカツとそうでないWUGの差だといえるけど、WUG楽曲やWUGちゃんのライブパフォーマンス自体の特異性も大きいと思っている。

音楽で楽しくノるためには音圧なんだよ。アイカツシリーズのCD音源が時にほぼ音割れしてんじゃねーかってレベルまでゴリゴリに音圧を高め(L○ntisいい加減にせぇよ)幼気な女児たちを音圧漬けにしてクラブミュージックへ誘うアニメだということは有識者に知られた話だけど(語弊)WUGの中核を成す曲に音圧ゴリゴリのロックナンバーやイケイケのダンスナンバーってない。アイカツでいうところの「永遠の灯」とか「薄紅デイトリッパー」とか「episode Solo」とかそういうの。

こういう曲って音楽に身を委ねやすいのでライブで特に高まりやりやすいしトリップしやすい。

自分は「Run Girls, Run!」を経由して「Wake Up, Girls!」に来た珍しいタイプのオタクだけどRGRは楽曲派石濱翔のクールな一面も見せつつ、音圧ゴリゴリに攻める曲が多くて客も割とピンチケなノリでめちゃくちゃ楽しかった。イケイケなRGRとWUGの生真面目さみたいなもののギャップは結構大きかった。

 

揺れる 田中秀和 ガラスのように 広川恵一

WUG楽曲の二台看板といえば田中秀和広川恵一。所謂楽曲派作編曲者であり、所々イキスギてしまう田中秀和の揺れる少女の気持ちのような転調や、単音の美しさを追求しガラスのように繊細で尖った広川恵一らの楽曲というのは聴かせにいくモノが大半だし、WUGのパフォーマンスも自在なフォーメーションチェンジと生歌三声コーラス、曲や歌詞の転調に伴い楽しさの中にシリアスさが見え隠れする非常に観せる構成になっている。

田中秀和広川恵一ほどの大天才がノレる曲を書けないといってるのでなく、あくまでWUGの中核(ここではWUGらしさとする)を成す曲に関してはそういう曲を書いてないという意味です。

WUGの二大アゲ曲「極上スマイル」「地下鉄ラビリンス」は田中・広川であるし、キャラソンやノンタイアップでは「ステラ・ドライブ」や「セブンティーン・クライシス」みたいなイケイケな神ナンバーを書いている。

「素顔でKISS ME」はWUGらしさへの相反として書かれた楽曲だし、「ジェラ」などイケイケでカッコいいダンスナンバーを歌えるのはあくまでアニメ劇中でのトップアイドル「I-1club」だけという差別化が徹底されていた。

他作品と比べても田中・広川がWUGに提供する楽曲は揺れるガラスのように脆く痛い少女の気持ちのような屈折した、あるいは複雑な感情を表現した楽曲が多い。音圧でゴリゴリに攻めたり、流行りのEDMやクソオタクのMIXや家虎を入れられるタイプの曲の方が簡単に気持ちよくなれるのにWUGのライブではそういった余地が少ない。

(只の流行りの曲は作らない、それぞれ得意の分野で真っ向勝負するというのはMONACAクリエイター共通の認識、方法論であるようにも思います)

 

 

「アイドルである前に人間です」

WUGがどういうアニメであるかは以前書いたことがある。

odayakana.hatenablog.com

端的にまとめるとWUGってすっげえ人間臭い物語だって話。それこそ偶像としてのアイドルアニメへのアンチテーゼ。

元国民的トップアイドル島田真夢に「アイドルである前に人間です」といわせることに意味があった。

 

ここでWUG新章での田中秀和広川恵一へのインタビューをみてみる。

ーーとても言語化するのが難しいと思いますが、『Wake Up, Girls!』らしい曲ってどんな曲なのでしょうか。

吉岡:具体的な言葉にはできないのですが、『MONACA』さんたちの曲を私たち7人が歌うことの中に軸があるのかなと。

広川:実は他のアーティストさんに楽曲提供するときに、「『Wake Up, Girls!』っぽくなったから変えようか?」って時があるんです。

青山:えー!!!

広川:そうなんです。自分の中での差別化はある気がしています。

奥野香耶さん(以下、奥野):7人で激しくダンスをして、雰囲気もすごく楽しそうなんだけど、どこか儚さがあるというか。明るい中にそういった影みたいなものが見え隠れするのが、『WUG』の楽曲っぽさなのかもしれないなって思います。

田中:うん。確かにそういったところありますね。

吉岡:キラキラだけじゃなくてね。

奥野:そうなの。

青山:『極上スマイル』もなんか切なくなるんですよね。あんなに明るい曲なのに、「泣き笑い」というか。

ーー哀愁感というか、そういったものでしょうか?

田中:哀愁という言葉では必ずしもないのですが、作曲家としての演出意図としてそのポイントはあります。曲で人の心をどう動かすのか?ということを常に踏まえながら、作っていますので。奥野さんが仰ったように僕たちは『WUG』の楽曲について、「ただ明るいだけの曲」を制作していないのは事実です。僕たちが『WUG』の曲を作る時に、聴いてくれている方たちを「明るいだけの気持ちに引っ張っていく」ようにしないことが、『WUG』の楽曲らしさにつながっているのかもしれませんね。どう?合ってる?

広川:合ってると思います。エモみってことですかね?

田中:エモみって言うと、急に俗っぽくなるね(笑)。

広川:感情の熱さというか。そういったところはありますよね。

田中:『WUG』は劇伴も一緒に作っていたので、シナリオを全て知っている状態からのスタートでした。そこから「このユニット、この音楽」という意識付けがあったのかもしれません。

『WUG』×『MONACA』が語る楽曲制作秘話 | アニメイトタイムズ

 

僕たちは『WUG』の楽曲について、「ただ明るいだけの曲」を制作していないのは事実です。

僕たちが『WUG』の曲を作る時に、聴いてくれている方たちを「明るいだけの気持ちに引っ張っていく」ようにしないことが、『WUG』の楽曲らしさにつながっているのかもしれませんね(ひでかず)

 

奥野香耶さんの意見があまりに分かり手過ぎるのは置いておいて、WUG楽曲の本質が二大クリエイターの口から直接語られているし、このインタビューを踏まえた上でWUG新章最終話のサブタイが「明るいほうへ」っていうのがとても素敵じゃないですか?

色々言われてるWUG新章だけど意欲的で好きな部分は多いよ。

そんな明るいところだけでないリアルな人間感情を扱ったアニメだったし楽曲も必然的にそうなった。

 

白光の「Beyond the Bottom」,「Polaris

WUGのライブにおいて「Beyond the Bottom」と「Polaris」のペンライトが(基本的に)白一色になった経緯は知らないけれどその演出に相応しい、7色の光の束のような輝く巨星のような二曲だ。

BtBは僕にとって「書きすぎた」楽曲です。
何が書きすぎたかというと、彼女達ではなく、僕個人の思いを書きすぎた。

それ以外の曲はすべて彼女達に向けて書いたし、彼女達の口から出るべき歌詞を書いてある。
彼女達が歌う「べき」曲を書いてある。
しかしBtBはそうではなかった。という僕の認識。

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ヒリつくなよ。実際「Beyond the Bottom」は全人類に向けられたアガペーのような曲だし上で述べた「アイドルである前に人間です」のWUGらしさ(人間らしさ)から離れた神々しさ、偶像としてのアイドルの究極的な表現のひとつだと思う。WUGらしさを超越した究極的な表現だったからこそ続・劇場版で「Wake Up, Girls!」は世界から見つけられ認証されるに至ったというのが個人的な解釈。

ライブでこの曲のパフォーマンスをみているとノッていいのか泣いていいのか毎回わからなくなる。彼女たちはこの曲を歌っている間だけは何者でもなく何かを代弁する偶像なんだ。落ちサビ前の間奏のダンス、照らされたままのステージ上で演者へのスポットライトは消えその姿は黒くなる。それは次第に白黒にストロボ点滅し白に戻っていくが、この時の彼女たちは白でも黒でもない彼女たち自身でもない何者かになってるんだ。この曲を演っている時の異様な気魄はこの曲のパワーがそうさせているんだと思う。この間2列目ドセンからこの曲を歌う青山吉能をみてたんだけど"黒い目の魚"のような、感情の読み取れない異様なパフォーマンスだった。

そんな強い光の象徴のような楽曲が「Beyond the Bottom」であり純白が相応しい。

(お気持ち表明ポエムのような内容になってきたな…)

 

Beyond the Bottom」が彼によって生み出された強い光なら「Polaris」はWUG自身が作詞した、彼女たちの放つ光のような曲だ。

多分コンテンツ「Wake Up, Girls!」としてではなく、アイドル「Wake Up, Girls!」としての象徴は「Polaris」(と「TUNGO」)になるんだろうなと思う。

この曲は上の項で述べた通りのWUGらしさを彼女たち自身の歌詞で繋いでいく、夜道を迷わないように導く北極星のような曲だ。

 

アイドル「Wake Up, Girls!」のSSAでのファイナルライブについて彼は"俺の作品"とは関係ないと切り捨てた。確かに「Beyond the Bottom」から先のSSAまでの軌跡は彼とは関係ない彼女たち自身の成果であるわけだけど、そこに至るまでの愚直で一生懸命な歩みは続・劇場版「Wake Up, Girls!」で描かれたWUGらしさ、

真摯であること、

正直であること、

一生懸命であること。

結果的に誰よりもこの命題と愚直に向き合ってきたのアイドルが彼女たちなんだと思う。

 

 

屈折して透明になる

 


言葉の結晶 / Wake Up, Girls!

純白こそ相応しかった「Wake Up, Girls!」は、しかし最後の新曲で屈折して透明になる。

難解な新曲4曲は新参の自分には解釈できない部分が多いがそれでもいくつか言及しておきたいことがあるので書く。

アイドルアニメのモチーフとしてやはり夢や希望、輝きや星など空に真っ直ぐに伸びていく光みたいなイメージが抱きやすい。

私の敬愛するアニメ「アイカツスターズ!」の主人公は虹色のアイドルだったし、その虹色と「目指せ!アイドル一番星」のキャッチコピーのように、虹色のようにそれぞれの分野の一番強い光、一番星を目指すあらゆる光を描いた作品だった。

他にも、

「あこがれの向こう側」のアイカツ!

「輝きの向こう側へ!」のTHE IDOLM@STER 

「0から1へ、1からその先へ!」のラブライブ!サンシャイン‼︎

など、絶えず進み続ける強い希望や光こそアイドルアニメだし少なくともWUGの「Polaris」もそういうモチーフだったが、最後の新曲で光はどうしようもなく屈折して透明になった。

 

屈折している光
響きは ひび割れたまま歪んでいく
真っ直ぐに伝わらない 自分を責めていった

哀しい 苦しい 説明ならなくていい
泣いても 呼んでも 夕暮れだけ残った
一人で静かに 追いつめられる時間で
傷を削って 透明になる

存在だけで 美しいもの

絶えず空に煌めく星にはならず結晶となり地上に留まった。光は透明になった、存在そのものになった。そういう内面を映した歌だと思います。最後にこれだけ内面に迫る曲を歌うアイドルがいる?

「言葉の結晶」の一つ前に作詞:只野菜摘 作曲・編曲:広川恵一がタッグを組んだ「SHIFT」というWUG曲があります。

続・劇場版は「Wake Up, Girls!」が世界から見つけられ認証されるに至る物語みたいな解釈を上で書いてますが、この「SHIFT」という曲は認証されたい女の子がオーディションを受けて世界から見つけられたいという内容になっていて、そういう曲が生まれた後に解散が発表されて「言葉の結晶」にSHIFTしてしまったのが無限にしんどい。

冒頭で述べたWUGのライブでハジけきれない感じというのは難読な楽曲の世界観もそうだしWUGの置かれている背景がどうしてもチラつき色々な事を考えてしまうからだ。

「TUNGO」や「雫の冠」などのWUGのバラードはいつも大地や海の恵みや魂のようなものに至るまで、人の"営み"そのものを歌ってきた。

2019年になっても大震災の鎮魂歌のような「海そしてシャッター通り」を歌っている。

生活と芸能活動の両立、自分自身を背負うことすら大変で何度も泣いてきた彼女たちは最後の最後までどこまで背負わされの人の営みを歌い続けるのか、怒りさえ湧いてくることもある。自分たちでそういう道を選んできたのだとしても。

 

Wake Up!

オタクのお気持ち表明ポエムを読むごとにポエマーになるんじゃねぇ言語化をやっていけお前たちが鷲崎健になるんだよと思って書いてきたけど、想定以上にお気持ち表明ポエムになってしまったし間口を広くするつもりが只のワグナー向け文章になってしまった、つらみ。(でも それがオタクのSAGAだから)

ワグナーが、WUGとワグナーはファンとアイドルの関係性を超えているんだ!と悦に浸るのは構わないがそれは多分本質的ではなく僕が言いたいのは、コンテンツ「Wake Up, Girls!」から生み出されたアイドル「Wake Up, Girls!」はコンテンツの枠組みを超越している。

アイドルの枠組みを超越している。

これほど"人の営み"が詰まっているアイドルは他にいないよ、ということ。

これが僕がWUGを推す一番の理由だ。

 

 (後日記事 WUGとワグナーの関係性も特別だったわ…)

odayakana.hatenablog.com

 

 

誰かの人生を照らすことが出来たのならそれはアイドルだし、誰よりも人の営みそのものを照らしてきた彼女たちは、声優ユニットやアイドルアニメの枠を超えたアイドルグループ「Wake Up, Girls!」だよ。

愚直さと屈折感、どちらにも割り切れない世界の業を背負ってきた彼女たちだからこそ、虹や星とは質が異なる透明な何かに、これからなっていくのかなぁ。

 

最後の新曲「さようならのパレード」の歌詞

ねえ 何を失くした
でも 何を信じた
崩れた路上から
大切なものの 向こう側へ

さようならのパレード
あなたをつれていくよ
光のないディストピア
記憶を残したい 光で

「0から1へ、1からその先へ!」が大前提のアイドルアニメ界の中で最後の最後まで崩れた路上から、マイナスからのスタートだと歌い切る。この世にディストピアはあるのだと歌い切る。

 

3/8(金) さいたまスーパーアリーナ公演

「Wake Up, Girls!FINAL LIVE ~想い出のパレード~」のことを一番に考えて書いてきたがすごく重い内容になったし興味を抱く人が増えたのかはわからないけど、3.8を見届ける見届けないに関わらず、

2019.3.9〜の人にも向けて「Wake Up, Girls!」というアイドルがいた事が伝わればと。そして彼女たちの絶唱が心のどこかにとどまればと思う。

マイナスからのスタートであっても彼女たちが繋いできた大切な何かは、「さようならのパレード」のいちばん最後の歌詞カードには載らないフレーズのように、

誰しもの背中をそっと押してくれるものだから。

Wake Up, Girls!のライブに初参戦しました(FINAL TOUR -HOME- ~ PART Ⅲ KADODE ~大阪公演)

WUGちゃんのライブに初参戦したので自分が残せる範囲の文脈について書きます。ちな参戦したのは12日夜公演と14日昼公演。

 

有能すぎるアニメイトタイムズさんの横須賀公演・熊本公演の記事を読んでいたのでツアーファイナルにカケル会場の熱気はさぞ凄いんだろうなと想像していましたが開演前予想以上に"穏やか"なワグナーたちの雰囲気と適度にリラックスした状態でパフォーマンスするWUGちゃんたちの姿に少し面食らったところはあります。(これらの理由は後々分かるのですが)

 

ワグナー歴3ヶ月程度ながら、アニメ本編やわぐばん、ライブBlu-ray、配信番組やアニメJAM2018の配信などでモチベを極限まで高めてきた状態での一番好きな開幕曲確定ガチャ「少女交響曲」は正直泣くと思ってましたが予想に反してただただ楽しかった(笑)

配信などで彼女たちの顔をしょっちゅう見ていたので今更そんな驚くこともないと思っていたけど本物がステージに出てくると(本物WUGちゃんだ〜実在するんだ~)って気持ちになるし、今年初のライブ現場でやっぱライブって楽しいなという気持ちしかなかったのが序盤戦。

そんな中でも言及しておかねばならないのは14日昼の開幕少女交響曲衣装「少女交響曲

WUGのライブって、ソロ曲・ユニット曲に合わせて衣装を頻繁チェンジするアイカツ!やプリパラと違い基本的に7人出ずっぱりだから、通常ライブだと衣装チェンジタイム一回とアンコールしか着替えるタイミングが無いんですね。そして新曲やライブを重ね次々と新しい衣装が披露されていく中で昔の衣装が使われる機会はなくなり、例えば衣装展などにまわっていく。それくらいは察していたのでまさか一番好きな曲を強い衣装で披露してくれるとは思ってなかったので(髪型も全員当時に合わせてたんだよね)それはもう開幕で悲鳴は上がったし、大げさでなく14日昼一曲目の時点で12日夜の感動を上回るくらいの嬉しさがありました。

後のMCで「少女交響曲衣装で少女交響曲はじめて見た人〜?」って質問に会場の過半数が挙げてるのを見て「それだけ新しくファンが増えてきたんだね〜」って喜んでたのが嬉しかったな。

昼夜公演見れたことで 7 Girls War」、「7 Senses両方拾えたのも嬉しかった。特に7GWは絶対に拾わなければいけない曲だったので。7GWまゆしぃコールは思ったより自分の周りはやってなかったけど仙台までに完成するといいですね。(強要されるものではないのであしからず)

7 Sensesの "もしも誰か一人が暴走しても" でよっぴーが暴走のフリしてたのは笑う。

 

タイアップコーナー

どの曲でもついつい推しの事ばかり見てしまうというのはライブあるあるですが、タイアップコーナーは歌唱と歌詞と伴奏とダンスの一体感。楽曲世界観の再現が重視されていて、特にスキノスキルの世界観の再現がほんとに素晴らしかった。

タイアップコーナーにはアーティスト「Wake Up, Girls!」の魅力が詰まっていました。

 

「スキノスキル」

とにかく曲もダンス(輪舞)も演者もかわいい。大音量で田中秀和曲流すだけでも十分に高まれるけどそこにかわいいダンスとかわいい歌唱が加わりどっぷりと世界観に浸ることが出来る至福の秀和タイムでした。

 

One In A Billion

12日夜に関してはよっぴーのこの曲入りが今日一だと思った。歌始まりの曲で第一声からあれだけ強く歌える声優がどれだけいるか。すごいよ。

 

僕らのフロンティア

「ゆき模様 恋のもよう」と共に当方の推し広川曲。12日夜は僕フロ衣装も相まって完璧な文脈で聴くことが出来たし、14日昼はラスサビみなみソロの黄ペンライトチェンジ芸がみれてすげえと思った。12日の時点ではそんなに変わってなかったと思ったけど後のMCでまゆしぃが「今回は"ペンラチェンジしっかりみたよ(あいちゃんはそんなまゆしぃをみてたよ)」って拾われてて、大阪公演の間だけでも新しい文脈が生まれていたんだなと感じられた。

多分この曲のどこかでよしまゆがふざけてChoo Choo TRAINの動きしてて笑った。

 

企画コーナー

新参ゆえソロイベ曲、わかりません!のコーナー。

1月12日(日) 夜

Trouble!? Travel by 田中美海

キャラソン系の元気曲。ソロ曲にもいろいろな趣向があるよね。ノリやすく元気モリモリ。なんか緑風ふわりの曲みたいな雰囲気だなと思いながら聴いてた記憶がある。

 

now is the timeby 高木美佑

(名前が売れている田中・山下を除いたとき)実はWUG声優としてはじめて認知したのが昨年アニクラの配信番組に高木美祐出てた時で、その時I'veサウンド大好き声優って名乗りながらゴリゴリにフロアを沸かせてたんだけど、この曲はそんな彼女のルーツを感じさせるI'veサウンド前回のゴリゴリナンバーになってて、自分のやりたいことをここまで実現させてくれるソロイベ製作陣あったけぇなってなった。

 

解放区 by 青山吉能

唯一知ってるソロイベ曲を生で聴けると思ってなかったのでびっくりしました。というのもこの曲はソロイベの時撮影可になっててそれが動画サイトに投稿されている(で合ってますよね?)。

 

───ここで余談をはさみます

自分はアイカツスターズ!のオタクなので、

作詞:こだまさおり 作曲:広川恵一といえば

「So Beautiful Story/るか・せな from AIKATSU☆STARS!」であり、

宗教的理由で2番サビ後の転調だけで泣いてしまう曲である。

(ちなみに”るか”こと遠藤瑠香さんは「Stray Sheep Paradise」、”せな”こと堀越せなさんは「青葉の軌跡」(ナノカス役)でそれぞれWUGメンと共演経験があります。今度かやたんが出演する舞台「プロジェクト東京ドールズ」にはせな・みほも出演します) 

ーーー(ななみホッチキス)---

 

広川楽曲と言えば少ない音色ひとつひとつの響きを大切にして、歌唱を引き立てるための美メロ伴奏が特色に挙げられると思いますがこの「解放区」についてはその究極系というか、本当に”歌”のための曲なのだと実際に聴いて思いました。

正直伴奏の美しさをあまり覚えていないくらいどこまでも青山吉能の歌唱スキルが試される超高難度歌唱曲で、なんかもう歌い上げるというよりは生き様を見せつけられたというかそんな気迫のこもったこの日のハイライト。

上記の「So Beautiful Story」歌詞からの引用ですが、

” It’s one and only, So beautiful story

 ずっと追いかけてたい Your story ”

青山吉能に対する所感はそんな感じです。

 

1月14日(月・祝) 昼

わたしの樹 by 青山吉能

熊本公演の内容はアニメイトタイムズ様のおかげで大体把握することが出来ましたがまさかこの曲をツアーで聴けるとは…自分が参加出来た大阪2公演両方で推しのソロイベ曲を聴けたのは私信だと少しイキります。

この曲も「解放区」同様内面をどこまでもさらけ出す曲だし、歌唱スキルを限界まで引き出さないと歌いきれない高難易度曲。青山吉能…どこまで自分をさらけ出す人物なんだ…

彼女の恐れや不安、期待などあらゆる感情が、Dメロからほどけ解放されていき彼女(大樹)を中心に色々な感動が実っていく。「解放区」同様青山吉能にしか歌えないどこまでも実直な曲でした。

「Dreaming bird/ななせ fromAIKATSU☆STARS! 」

以外でこれほどアイドルが身を削りながら歌う曲を知らなかったのでライブで聴けて本当によかった。

 

桜色クレッシェンド by 永野愛

確定ガチャ曲に反応出来ないほど弱いオタクではないので事前にピンクを構えてましたが聴くのははじめて。ピンクと若干の青が混じりあう美しい空間でした。

ワグナーブレードにピンクが搭載されてないというバグもあって全員が全員ピンクを振れたわけではないのですが、後のMCで「ピンク振ってくれてありがとう。そしてこの楽曲に関しては青も大正解なんです。桜と雨をモチーフにした楽曲になってるので是非また聴いてみてください」みたいな趣旨をオタク特有の早口で解説するのがわかり手であるしあのMCで救われた方も沢山いたと思う。是非ちゃんと聴き直したい楽曲。

 

sweet sweet place by 吉岡茉祐 

はじめて聴いたけど個人的に全曲中一番沸いた吉岡茉祐さんのロックナンバー。多分歌いやすさ、リズムの取りやすさ曲等ほんとにまゆしぃに合った曲なんだろうけど全曲通して一番完璧な安定感の歌唱とテンションアゲで暴れてる時のまゆしぃの立ち振る舞いの格好良さに完全に心を鷲掴みされてしまいバンドキッズの気持ちを思い出してはしゃいだ。好き好き大好きめっちゃ好き。

 

16歳のアガペー

最後の\オレモー/ パートでまゆしぃが下手側最前で(俺と一緒に歩いていきたいだろ?)みたいな超クールな表情で煽ってきて、(アッ、好き…)(俺と一緒に人生歩もう…)と一瞬で夢女にされちゃった。

落ちサビで青ペンライトチェンジ結構決まってたね。

 

土曜日のフライト(作曲 田中秀和、作詞 只野菜摘)

視聴動画もアップされましたが旅たちへの希望というより物哀しさが滲み出ている楽曲。ファイナルライブの次の日は土曜日。

楽曲派ワグナーがガチ過ぎるので私から楽曲に関してどうこういえる余地は少ないのですが、電車や飛行機って自分はただ座っていても動き出して何処かに行ってしまう無情さや不条理さのメタファーでもあるのでやっぱり哀しい曲だと思う。秀和特有の不協和音っぽい音色も含めて複雑な感情が入り乱れる、広川恵一作・編曲「言葉の結晶」と合わせて今後の彼女たちの進路を想いながら少しづつ解釈出来るのかもしれない。

「土曜日のフライト」振り付けの最後、ステージの幕が下がっていくような音色と共に彼女たちは階段に腰を下ろしステージではなく客席側下手方向を見上げて終わる。それぞれのHOMEを示唆しているだろうか。

 

Beyond the Bottom

Wake Up, Girls!」という一大プロジェクトとWUGらしさっていうのを考えた時、続・劇場版「Wake Up, Girls!」前後篇こそその象徴であると思うし「少女交響曲」と「Beyond the Bottom」が一番好きというのは自分が譲らないポイントになっています。それくらい好きな二曲。

劇場版「Beyond the Bottom」の解釈(ネタバレ)の話になりますが、各アイドルファンが自分の推しグループに投票して当然のアイドルの祭典において「Wake Up, Girls!」がどうして「 I-1club」を上回ることができたかについてあの曲だけに関しては、WUGちゃんはアイドルという概念そのものであったし、個人とか世界とかの利害を超越して全人類に向けて歌っていた。アイドルという概念そのものに至るパフォーマンスをみせた。作詞者の彼の人間性がどうであれ彼がWake Up, Girls!の楽曲において人類に宛てた様々な詩篇・作家性は本物だ。

吉岡茉祐さんが何かで「Beyond the Bottom」を歌っている間ほんとうに世界中の憎しみを全部受け止められる気がすると言ってたと思うけど、ほんと全人類に聴いてもらいたい曲。

この大阪公演でも完璧な出来だったと思いながらもこの曲は大きければ大きいステージが相応しいし3.8 SSAのファイナルライブこの曲を聴くためだけでも来る価値があるので絶対来て欲しい。

 

タチアガレ!

「Wake Up!」でWUGちゃんと同時に跳ぶかFuuu!で跳ぶかどっちが気持ちいか答えが出なかった。(雑な感想)

 

TUNAGO

WUGをずっと追いかけてきた人やこれまでのFINAL TOUR - HOME -に参加してた人は「Wake Up, Girls!」が大事にしてきたものを汲み取っていたんだと思うけど僕はこの曲を生で聴いてそれを実感出来た。

はっきり書くけどWUGは売れ線には乗れなかったし、それにも関わらず採算率の悪そうな地方公演に拘り続け、メンバーの出身地以外にも足を広げているのはいくらなんでも不器用すぎん?と思うことも少なからずあった。

それでも彼女たちはアニメの体制が大きく変わった後でも、「真摯であること、正直であること、一生懸命であること。」という某監督が作り上げたWUGらしさを貫き続け各地にHOMEを増やしていった。

冒頭で大阪会場穏やかすぎると書きましたが、大阪は仙台の次にWUGが公演を続けた土地であり既にHOMEになっていた場所だったんですね。12夜の最後のMCでよっぴーが皆今日のMC自由すぎと笑ってたけどWUGがHOMEを増やしていく中で生まれた曲が「TUNAGO」や「Polaris」だと思うし、旧アニメ体制の象徴である「少女交響曲」や「Beyond the Bottom」とはまた違ったアーティスト「Wake Up, Girls!」としての作家性が詰まった「TUNAGO」や「Polaris」もまた素晴らしく愛おしい。

 

Polaris

泣くとしたら「少女交響曲」と「Polaris」だと思ってたんですけど、この曲も2日ともただ楽しかったし赤ペンライトチェンジは感動した。

涙はSSAまでとっておきたい。

 

地下鉄ラビリンス

極上スマイル

ただただ楽しくて優勝ですね。

特に「地下鉄ラビリンス」は会いに来るアイドル「Wake Up, Girls!」の象徴的なパフォーマンスで会場通路に演者が降りてきてくれて、最高に優勝した。2曲ともちゃんとコール覚えます。

 

WUGメンバーについて

高木美佑

14昼の日替わりプリンセス

メンバーからのコメントにも多く寄せられていた様に空気を読めているのかそうでないのかよくわからない自由さ。その自由さがグループを明るくする。

多分シリアスな曲で一番素の表情が抜け切っていないのが彼女で、でもそれすらも個性として映えるという。

I'veサウンドから僕をWUG沼に引き込んでくれたことは忘れないよ。

 

山下七海

これWUG現場にはじめて足を運んで最大の驚きだったんだけど、山下七海 可愛がすぎるかよ!

一応整理するとWUGちゃんビジュアル面のレベルも高くてその中でも個人的にはよぴまゆかやのお顔が好きで、でも客観的に一番顔が良いのは山下七海だよなぁってのは理解してたはずなんだけど、実物見たらマジでこんなに可愛いの⁉︎ってひっくり返るくらい可愛かった…

顔もスタイルも声も表情も天然なとこも全部可愛いじゃん?、その上MCでは紫色に私信を与えまくる小悪魔ぶりを発揮してて、いやぁ…紫沼と後述の緑沼はマジでヤベェなと危機感を抱きましたとさ。

 

田中美海

12日の日替わりプリンセス

メンバーからのコメントではなんでもこなせる万能型でありつつ皆を笑顔にさせる天使みたいな言われ方してて、特に印象的だったのがみなみに言及したまゆしぃのMCで「正直みなみの能力には嫉妬を覚えるくらい。だけど好きなんだよ。ありえないけどもし私がセンターでいれない状況になったときセンターを任せられるのはみなみしかいない」って言っててのはエモかった。

みなみはメンバー中一番涙脆くMCもウルウルしてる場合が多くてそれほど自由に弾けてなかった印象だけどMC中しれっとFIVE STARSの宣伝挟む辺り流石ですわ。

 

吉岡茉祐

12日夜は特にメンバー全員リラックスしていたし大阪では昼夜ソロイベ曲を披露していたこともありとても良くも悪くも身内感の強い雰囲気になっていた中最後のMCで、「もしかしたら今回はじめて観に来てくれた人や、今日の公演が最後の人もいるかもしれない。そんな方たちのためにも今を全力で最高にしよう」みたいな事を言ってくれて初参加の僕はとても救われました。

14日昼のMCでは、「実は昨日の公演友達の少ない旧友が何人か見に来てくれていて、その中でガチワグナーになって帰っていった人がいてSSAに旧友沢山呼ぼうぜみたいことになっているみたい。」というエモいエピソードと、

「今回の大阪公演は吉岡がプリンセスというよりWUG全体を楽しんでもらうための企画になっていて、もしかしたら私推しの人は物足りなさを感じてしまったかもしれないけど私はWake Up, Girls!の皆んなを見て好きになって欲しいんだ。」

というセンターとしてこの上なく頼もしいことを仰っていて泣いちゃった。

 

永野愛

WUGの監督というか参謀というか、WUGって面白いユニットでセンターとリーダー以外にも各メンバーの立ち位置というか役割みたいなのが定まっててあいちゃんの場合MC進行みたいな役割。影から全体を掌握してるみたいな(笑)

MC間あれだけ男らしく腕を組みながら喋る女性声優を見たことなかったのでちょっと笑った。あいちゃんが司会者でみなみはひな壇一列目芸人みたいな職人芸を感じる。

ちょっと推しの方ばかり見てあまりあいちゃんのダンスを注視出来なかったのが心残りなので他の公演では注目するようにします。

 

奥野香耶

かやたんパフォーマンス中はがっつり曲の世界観に入ってるのであまり客席へのレスは見られないんだけどMCになると急にスイッチ切れてヘラヘラ喋り出すギャップ、これに皆んなやられるのか〜とやられてしまった。

自分の番組でリスナーにアンケートを取りオタクの金銭事情を把握してることを嬉々と話したり、しれっとではなくガッツリと自分の番組を宣伝するマイペースさ。

それらをピョンピョンしながら嬉しそうに見てるかやたんの下僕っぽいひとたちを見て、平和って素敵だなと思いました。

 

よぴちゃん

好き。

 

 

14日昼のMCでは皆んな3日間5公演というのはWUGはじめての挑戦だったので正直不安も多く無事やり切れた達成感とさらに成長出来たと思うという充実感をそれぞれ話していた中で最後のMCの青山吉能が、

「実は大阪最初の公演が終わったときダンスの先生から技術以外にも気持ちの部分も客席には伝わるよ、という指摘を受けていた(先の公演を見据えてブレーキをかけているんじゃないかという示唆)。

私がWUGの活動を続ける中で一生懸命やる意味なんてないと思っていた時期があった。自分の中で一生懸命やったところで客席に伝わるかも分からないのに一生懸命やる意味があるのか。でも気づいた。例え伝わらなかったとしても一生懸命やらないと伝わらないことがあるかもしれないから全力を出し切るんだ。って気持ちを思い出して全力で駆け抜けたよ」

みたいな旨のことを言っててまた目頭が熱くなったし、最後の曲「極上スマイル」が終わり優勝したにもかかわらずよぴちゃんが間髪入れず、「WUGちゃんはまだまだこんなもんじゃねぇ、次の公演ももっと最高にするぞ、うおおおぉぉぉぉ」と最後まで楽しく終われたのが最高の大阪公演でした。

残り公演チケット完売してると思うけど興味ある人はどうにかして手に入れるか3.8のSSAでお会いしましょう。

 

 

長野ではワグナーさんと飲みたい気持ちが強いのでお手すきの方は対戦よろしくお願いします。

新参ワグナーより〜この世界で生きるためのアニメ「Wake Up, Girls!」論(とアイカツ!論)

皆さん元気ですか?

わたしは元気です。

 

adventar.org

この度Wake Up, Girls! Advent Calendar 2018の22日を担当させて頂いてます、新参です。

 

経緯

2018.9.29プリパラオータムライブにてRun Girls, Run!のパフォーマンスがあまりに素晴らしかったことや、10.20の深夜twitchでやってたアニクラ高木美佑というI'veサウンド大好き声優の選曲が素晴らしかったこと、そこで数年ぶりに聞いた「タチアガレ!」が異常に沁みたことで、かつてハマれず以降のシリーズの存在すらよく知らなかった「Wake Up, Girls!」シリーズの続・劇場版以降を履修することにしました。ちなみにオータムライブ時点でのwugに関する知識はプリパラのノンシュガーというユニット(田中美海山下七海大森日雅)をみてこの子たち3人ともwugなんだっけ? 真中のんの声優名前は知ってるけどMC上手いっすねくらいのレベルだった。

かつて劇場版七人のアイドルはそこそこ面白かったけど旧章の方は序盤にとても厭なプロデューサーが出てくるなどフラストレーションを溜めさせる作りがまったく合わなかったし最終話のライブ作画に関してはもはやトラウマ。

ただ数年ぶりに旧章含め再履修してみるとこれが本当に面白くひと月くらいで新劇場版→新章→劇場版→旧章→わぐばん!(あにてれで見れる)を2周くらいしていた。わぐばん!的運動会狂おしいほど好きなので軽率にリピートしてる。

新参ながらもWake Up, Girls!シリーズに関して何か纏めておきたいと思っていた矢先このような機会を見つけたので書いています。

当方これを書いている時点では公式インタビューの類をほとんど拾っておらず、ここから先は完全に個人の見解、解釈の話になりますのであしからず語らせてください。あと先に謝っておきますがアイカツの話が多い。

 

 

この世界で生きるための震災後アイドルアニメ「Wake Up, Girls!」と「アイカツ!」

アイカツ!の場合

加藤陽一  大きな転機になったのが、東日本大震災です。コンセプトを固めている最中の2011年3月に、東日本大震災が発生しました。地震が起きた瞬間、僕は東京・浅草のバンダイ本社で『アイカツ!』の会議に出席していたんです。地震で電車が止まったので、車で来ていた僕が3人に声をかけて、皆を送っていくことになりました。TVで原発津波のニュースを見ながら進むうち、都心で車も動かなくなっちゃって。結局浅草を出て、皆を送って23区内の家に帰るまで12時間位かかりました。そのとき一緒にいたのが、アニメ『アイカツ!』の若鍋竜太プロデューサーと企画スタッフです。車に缶詰状態で、8時間から10時間ぐらい、地震の影響を目の当たりにしながら、皆で『アイカツ!』のことを話しました。まるで合宿みたいな濃い時間でした。「こんなことが起きたら、いままで話したような作品はできないね」という話もその場で出て。それを受けて書き直した企画書の内容が、そのときの僕らの思いを込めたものだったんです。

——どんなふうに変わったのでしょうか?

加藤陽一  ネガティブな出来事も起こりえるレトロなスポ根路線は消えてなくなり、代わりに、「皆で一緒に笑いながら身近な幸せを改めて感じ、明日を信じる力、未来への夢を持てる作品」が必要だろうということになったんです。「トップアイドルを目指すスポ根サクセスストーリー」の部分はそのままに、「温かくて前向きな気持ちになれる作品を作ろう」と、企画をブラッシュアップしていきました。この段階の企画書に書いてあることは。現在のところほぼすべてが、作品内で実現しています。あの震災が、『アイカツ!』という作品にとっての転機だったと思いますね。

アイカツ! オフィシャルコンプリートブック(学研パブリッシング)』130-131P

重力のあるところで(『アイカツ!』あかりジェネレーション178話によせて) - アイカツ!

 

しょっぱなからアイカツの話かつ転載の転載で申し訳ないが、アイカツが震災を機に大きく方向転換しどこまでもポジティブな作品となったということはアイカツおじ(おば)さんの間では有名なエピソード。

アイカツはどこまでも前向きなアイドルたちとそれを時に厳しくも優しく見守る大人や温かいファンなど、ネガティブな要素を排除し劇中でほとんど涙が流れる事がない優しい世界の物語です。二期にでは分かりやすい悪役パパラッチが登場するも一瞬でなかったことにされた事件もありました。

ネガティブ要素の排除 ≒ 足を引っ張る人がいない という現実ではありえない優しさに満ちた世界ではあるものの、例えばトップアイドルになれるのは一人しか存在しないので競争や敗北はありますし、優しくも当然厳しさも存在する世界だ。アイドルとそれを取り巻く人々のポジティブの相乗効果で皆がどこまでも高め合い続けるどこまでも前向きな作品。

そしてそういうポジティブの相乗効果を目の当たりにした視聴者たちはアイカツから学び受け取ったものを、辛く厳しくもあるそれぞれの現実の世界をポジティブに生きるための糧にする。

アイカツについて持論を簡単にまとめると、現実世界とは少し異なったポジティブな(ファンタジー的)世界から受け取ったものをこの世界で生きるため、より良い未来へ向かうための物語であると思います。

 

Wake Up, Girls!の場合

対して、震災に直結した作品であるWake Up, Girls!のアプローチはタチアガレ!の歌詞、

Wake Up! この祈りよ届け
今 夢に向かうよ 両手伸ばして
Stand Up! 迷いなく走り出そう
この世界で 生きるために

にあるように ”この世界で生きるため” の作品であると同時に、震災の爪痕や現実でも起こりうるアイドルを取り巻く環境に関するネガティブ面をあえて強調して描く超現実的な(ノンフィクション的)な作品になっている、という対比が出来るかなと思います。

どちらかが優れているという話ではなく共に震災が転機となったアイドルアニメでありながらここまで大きなアプローチの方向の違いが面白い。特にアイカツにどっぷり浸かった後に再履修したWake Up, Girls!のネガティブ面を厭わない泥臭さというか人間臭さは衝撃的だったし、それでいてアイカツと同じくこの世界で生きるため、より良い未来へ向かうための物語になっているのが美しく愛おしいと感じました。

Wake Up, Girls!はアニメに ”癒しみたいなもの” を求めていたアイカツを履修する前のかつての自分には到底解釈できないエピソード群でした。

上でアイドルを取り巻く環境に関するネガティブ面をあえて強調して描く超現実的な(ノンフィクション的)な作品と書きましたが、震災により親しい人(慕っていた異性)を失くした菊間夏夜というキャラクターに焦点を当てた第九話「ここで生きる」はこの作品の方向性の究極系ではないでしょうか。

癒しを求めて美男美少女キャラクターを消費コンテンツ的に扱う深夜帯のアイドルアニメが絶対に避けて通る生々しい人間感情や、故人への恋愛感情みたい禁忌を敢えて顕すことで、島田真夢の台詞にもあるようにこの作品は "アイドルである前に人間” という面を本気で描いているのだと分かりましたし、そんな荒波にあえて挑戦する意欲を支持します。

またWUG界隈の情報を拾っていると第二話「ステージを踏む少女達」、所謂水着回についての解釈(問題点)が散見されているので私からもひとつ。上下で述べている通り某監督は意図的に深夜帯のアニメファンが直視したくないようなキツい描写を意図的挿入していて、そういう描写が受け入れられないとか作り話の中にまで辛い現実を見せられたくないみたいな意見が多いみたいですが、そういう意見にこそたかがアニメ、たかがフィクション、たかが消費コンテンツという怠慢を感じてしまいます。といっても個人的な地雷の範囲は人それぞれ持ってるわけで無理なら無理で離れればいいだけですしアニメをたかが娯楽と割り切っているならそれでいいと思います。ただ私個人の意見としてはアニメーションで第2話の水着回や七人のアイドルのパンチラみたいな超現実的ネガ描写をやる意味というのはアニメーションで障碍者を扱うことや、それこそ震災を扱うことと本質的な差はないと思っています。そしてそういう方法で良くも悪くも人間感情を揺さぶりアニメーションやアイドルについて改めて考えるきっかけにさせるのが監督の真意だったのではと邪推します。ただの癒し消費コンテンツでは感情が揺さぶられることはないからね。監督の人間性がアレだとしても監督の作家性と僕は握手することが出来ます。はい、超個人的な意見でした。差別的な表現になっていたら大変申し訳ない。

 

以降の続・劇場版においても現実世界の年月の移り変わりに合わせて登場キャラクターたちの年齢も推移させ声優ユニットWake Up, Girls!と共に現在進行形で成長していくハイパーリンクように、既存の深夜帯アニメにありがちな箱庭化からの脱却を目指す世界観。そういう部分に惹かれました。

アイドルだけど人間。

アニメキャラクターだけど人間。

フィクションだけど現実。

 

「アイドルとは物語」

「アイドルとは物語」というのはWake Up, Girls!シリーズにおける一大テーマといえるだろう。これって現代アイドルの本質を捉えていて、某I-1clubの元ネタのグループだって一番美人だったり一番歌が上手かったり一番ダンスが上手い子が必ずしも一番人気になれるわけではなくて、一番多くの物語を持ってる子が勝つんですよ。

ファンはそれぞれ推しを決めてアイドルグループと推しと自分との文脈を物語にして楽しむ。歌やダンスなどパフォーマンス面も大事だがファンとの文脈(いわゆる私信)を集めやすく物語性が高い人物にこそ特に人気が集まる時代だと思います。

スキル(容姿・歌唱・ダンス等)も勿論大切な文脈ですが決して本質ではない。スポーツ選手に置き換えると上手い選手にだけ人気が集まるわけではなく、親しみやすいキャラクターの選手にこそ人気が集まったりするみたいな話。高校野球では公立高校に人気が集まるでしょ。

それ故アイドルに本当の気持ちや人格など必要なく、人気のためファンに求められるようなアイドル像という白木徹から与えられた物語を忠実にこなす事でこそナンバーワンになれる、というのがI-1clubがやっていることです。

 

アニメ「Wake Up, Girls!」の最大のモチーフである黒澤明「7人の侍」の有名な台詞に、

「勝ったのはあの百姓たちだ、わしたちではない」

というものがあります。

七人の侍」は当時の象徴的な存在たる侍が百姓たちを鼓舞しつつ自らを粉骨砕身して敵に打ち勝つ物語ですが、代わりに七人の侍たちが失った損失はあまりに大きく、また大義が果たされた後の侍は刀が必要なくなりつつある変わりゆく時代の中で存在意義を失いつつある。物語を失いつつある。

そしてそんな侍とは対照的に、百姓たちが大義の後すぐさま未来に向かって歩みはじめているのを目の当たりにして言う台詞です。

 

アイドルだってある意味近い存在です。

ファン(7人の侍でいうところの百姓)はアイドルという "特別" に救われたりするけど、アイドルがいくら粉骨砕身の努力を重ねその日のステージを成功させてとしてもファンが関心を失えば明日はどちらかに転ぶかわからない。必要とされなければ存在意義を失う実は不確かな存在。

特に深夜アニメや現代アイドルはコンテンツ消費される運命にあると思います。

だからこそそういうアイドルの宿命を踏まえた上で、島田真夢のモノローグからはじまり、自分の幸せについて言及するエピローグで締めるというアイドルの人格を救おうとする構成が素晴らしいし、既存のアイドルアニメの物語に沿わないWake Up, Girls!の人間臭さ生っぽさが大好きなんです。(そしてアイドルである『WUGちゃん』と一介のファンに過ぎない『ワグナー』という超えられない壁を「Polaris」という曲が取り払ったいう話はまたどこかで…)

 

「7人の侍」のメインは侍が活躍する物語でありますが、凡百である百姓たちがただ与えられていた立場から脱却しようとタチアガったからこそ叶えられた夢でした。ただ生きていくことに関してタチアガレ!やWake Up!という言葉は使いません。与えられた環境、与えられた幸せではなく主体的に幸せを掴みにいくんだというメッセージの表れです。

震災の絶望の中でただ生きるのではなくタチアガるための勇気をくれる物語が「Wake Up, Girls!」なんだと思います。

 

アイカツ!」ではセルフプロデュースといって自分を売り出すための創意工夫は自分で考えなさいとアイドルに委ねられます。周りの人間が役割を与えてくれる訳ではなく、アイドル自身がこうなりたいと発する強い意志に対して周りが全力でサポートするという構図です。

未来向きの今をみせ続けたのが「アイカツ!」でした。

 

物語の象徴としてのアイドルによって我々視聴者も自らの道へ進む活力を与えられる物語。

震災後アイドルアニメ「Wake Up, Girls!」と「アイカツ!」は異なるアプローチながら共にそういう力を持つ作品だと思います。

(個人的にはアイカツ!の後継作品アイカツスターズ!こそ超現実的な世界観の中アイドルとしての死と向き合いながら、人間の未来への意志が強く感じられる泥臭い作品になっているのでワグナーさんにこそみてもらいたいです)

 

アイドルを、アニメを、フィクションを、ネガティブを、どこまでも生のものとして受け入れ明日へWake Up!していく姿勢が好きだし広く知られて欲しいという事で書いてきました超個人的Wake Up, Girls!論ですが、ここらでひとまず締めたいと思います。

ありがとうございました。

 

ワグナーとアイカツオタクへ愛をこめて

私が応援し続けていたアイカツの歌唱担当グループ、「STAR☆ANIS」と「AIKATSU☆STARS!」は昨年2月のアイカツ武道館という花道を与えられ最後まで笑顔のまま"卒業"していきました。

しかし内情としては卒業が告知されたのは武道館まで1ヶ月をきっている時期で心情の整理が追いついていなかったし、平日開催ということもあり卒業発表ブーストによりようやくチケットが捌けたレベルでした。あと事務所の意向だと思いますが卒業後の各メンバー個人の芸能活動について語る場すら与えられず、自分の推し(松岡ななせちゃん)が他界する可能性も孕んでのかなり複雑な状況だった訳です。

それでもライブでは全員が最後までポジティブな姿と最高のパフォーマンスを見せ続けてくれた未来向きのものであったし、卒業後も歌唱担当メンバー全員が芸能界に残り各個人現場にて新しい未来をみせてくれたし、時にはメンバー間での共演が叶ったりと、死ぬと思っていたアイカツ武道館以降も含めて最高の1年間になりました。

(余談ですが、舞台『Wake Up,Girls!~青葉の軌跡~』にて元アイカツ歌唱担当の堀越せなちゃんがナノカス役で出演していたのですが、wug公式ブログにてまゆしぃが堀越せなと青山吉能ノリが一緒なんだよなぁとボヤいていたの狂おしいほど好き)

 

豆腐メンタルなオタクたちは常に推しの方向性や事務所への疑念に駆られていつでもポジティブでいれたわけではありませんが、元歌唱メンバーたちは皆アイカツから受け取ったメッセージを胸にステージの上では常にポジティブな姿勢を魅せてくれました。

今、声優ユニットWake Up, Girls!」を取り巻まく状況がその時とどれほど類似性があるのかは分かりませんが、少なくとも推しが未来への意志を示し続ける限り、新しく最高の未来は開けてくるのだと知ることが出来た一年だったし、私がこの短い期間で知ったwugちゃん達もそういう最高をいつまでも切り拓いてくれる最高のメンバーたちだという確信があります。

 

まだ「Wake Up, Girls!」のライブには参加したことがなく今まで文脈を知ることが出来なかったことが非常に残念である反面、最後のツアーに間に合ってよかったという想いの方が強く参加予定のPartⅢ大阪と愛知公演が楽しみでなりません。

 

最後になりますが、2019.3.8「Wake Up, Girls! FINAL LIVE」in SSA開催おめでとうございます。

約束の地で、その先の未来で最高になりましょう。

終わらないよ僕らDreamer

 

アイドル「Wake Up, Girls!」について言及した姉妹項みたいなものもあるので、よければ御一読ください

odayakana.hatenablog.com

 

 

本記事は『Wake Up, Girls! Advent Calendar 2018』22日目の記事となります。
昨日のご担当は(otonokigachi)さん、明日のご担当は(gomi_ningen)さんです。

adventar.org

松岡ななせ『 →Go ahead!』未来向きの→レヴュー!✨

概要:全国流通がはじまった松岡ななせのオリジナルCDをアイカツオタクに聴いてもらいたいのと、偶然的にCDを手にした方々が彼女とアイカツとの文脈に触れてもらうための、レヴュー✨

『→Go ahead!』をスタァライト、しちゃいます!

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 ※便宜上断定系で話したりもするが、本文は解説の類ではなく解釈に過ぎないのであしからず

 

 

 

 

自問自答と成長のレヴュー

revue song『→Go ahead!』

作詞家の安藤紗々氏曰く自問自答と成長

『→Go ahead!』というタイトルはCDの表題作にもなっていることから、個人活動がはじまり一旦の休止期間に入る彼女が現時点で一番伝えたかったテーマだと受け取れる。

松岡ななせの決意表明。

アイカツへのモチーフが散りばめられた『→Go ahead!』と『Vintage』は、アイカツという同じ夢を分かち合った仲間たちに向けられた、これまでとこれからを表明するための2部作のように捉えている。

これからの決意表明の『→Go ahead!』

→→→

 

"果てのない旅"から始まる『→Go ahead!』のイントロはどこか退廃的な雰囲気に満ちており、それこそ『荒野の奇跡』の世界観にも繋がっているかのようだ。

アイカツの歌唱担当という仕事はその便宜上、個人の感情を表に出す機会は限られており、それこそ昔は個人のSNS運用にも厳しいコンプライアンスが課せられていた。(シリーズがスターズ!になってからはコンプラが緩くなりラジオ等で自由に語れる機会が増えたのはよかった)

 

アイドルとは太陽の様な存在だと思うと以前語っていた彼女は、SNS上でネガティブな感情を曝け出すことに細心の注意を払っているし、なによりステージに上がっている間はポジティブな面を見せ続けてきた。

だからこそ、先日の遅れてきた生誕祭!?にてUVERworldの『PRAYING RUN』等ネガティブな面も含ませた剥き出しの感情を見せてくれたのに驚いたし、

"夢中になればなるほど苦しくなる"や

"誰かのために選んだ趣味じゃない言葉や"など、

彼女の剥き出しの感情が詰まっているのに驚いた。

歌詞があまりにも剥き出しで強いのですべて拾っていきたいくらいだが、特に間奏コーラスの部分に注目したい。

 

I pray to given a chance.

(私は祈る、チャンスを与えてと)

Landscape said "you already have it!"

(世界はいう、"きみは既にそれを手にしている)

I can’t stay here,go ahead!

(私はここにとどまるのことはできない、進め!)

 

自問自答と成長が凝縮された歌詞、その上で作品を通しての松岡ななせの決意表明→Go ahead!に繋がるエモーション。

冒頭で楽曲の雰囲気が『荒野の奇跡』の世界観に繋がるものがあると書いたが、

 "you already have it!"

悲観的な現実の中でも"必要なものは既に手の中にある"と進んでいく決意表明は、

彼女が歌唱を担当した白銀リリィの最大のモチーフにもなっている『Dreaming bird』の、

"この手のひらに残されたもので何が出来るかを見届けていかなくちゃ"

の翻訳であると言えるし、それは『荒野の奇跡』の

"抗えぬ力に寄り添いながら 傷ついた翼をふるわせながら それでも羽ばたいて わたしは生きる"

でもあるし、『→Go ahead!』も『Dreaming bird』の文脈に属する楽曲になった(と思う)。

 

なにより"you already have it!"の先の歌詞で"鳥"と"ツバサ"が引用されている。

続く道…

ひとつを信じれば空も飛べるのだろう

輝く未来へあの鳥のように翼広げ

 

畏れ多くもアイカツを一言で表すなら、

"未来向きの今 (をキミに見せるね)"

以外ないと思っているが、→Go ahead!もその文脈であるし、矢印や感嘆符まで付与し進んでいくことを明確にする彼女の精神性が好きだし、個人活動の最初の作品にこれだけのものを用意してきた松岡ななせの未来が末恐ろしくさえある。

 

また英語表記ゆえ→Go ahead!を(わたしが)進む!、とも(キミは)進め!とも受け取れる含みを持っている。

そんな松岡ななせからの決意表明『→Go ahead!』をキミも受け止めてくれ。

 

 

重ねて美しい思い出のレヴュー

revue song『Vintage』

本作品の推し曲。当方未だ松岡ななせ2nd Live"退屈なんてさせないよっ!"での戸波のわ神コーラスの亡霊。

『→Go ahead!』モチーフのひとつが『Dreaming bird』だとしたら、『Vintage』では『ロンリー・グラヴィティ』を挙げるべきだろう。

 

安藤紗々氏曰く重ねて美しい思い出

歌詞をみれば、アイカツと活動を共にした仲間たちに向けられた曲ということが痛いほど伝わってくるし、特に2番の歌詞は完全にロンリー・グラヴィティになっている。

ふわり無重力

突然の流れ星

あぁサヨナラだね

瞳からStar lights

 

もうね、言い回しが天才かと

 

松岡ななせはAIKATSU GENERATIONのMVやアイカツ武道館のMCにて『ロンリー・グラヴィティ』の歌詞を引用していた。 

「サヨウナラ」じゃなくて、きっと「マタアシタ」だ。

 

『ロンリー・グラヴィティ』はアイカツを知らない人が聴いても未知との遭遇をモチーフにしたSF的世界観が素敵な楽曲として受け止められるが、アイカツという世界ないし概念との出会いによって軌道(生き方)がズレた私たちアイカツオタクのための、「サヨウナラ」じゃなくて「マタアシタ」までをメタ視点で捉えた楽曲としても受け取れる。

だからアイカツ!(無印)のアニメ放送が終わると分かった時のアイカツオタクに刺さりまくったし、アイカツ武道館で歌唱担当の卒業が決まった時も突き刺さって致命傷。止まりそう、ボクのハートだった。

そしてななせ自身も歌唱担当からの卒業に対してそういう寂しさを感じていたからこそ引用してきたのだと思うし、そういうロングラのモチーフをそのままオリジナル作品に昇華してきたのがほんとに凄いし強い。

 

特に好きなDメロ部分

君に今どうしても伝えたい

あと少しもう少し側にいて

言葉がこの心を超えられないの

 

『Summer Tears Diary』にもリンクするかの様などうしようもないさびしさ

チクリ胸に 刺さったまま
癒えないでほしい 行かないでほしい ねえ
終わりかける 夏の傍で
言葉にならない願いが揺れてる どうか…

 

どれだけ大人ぶってサヨウナラじゃないよと受け入れようとしても、最高の日々への情景が消えることは決してなく、僕らが最高を共有したツアー福岡やアイカツ武道館は戻らないしこれからの人生それらを超えられる日が来るのか分からない。

そんな言葉では超えられない感情を吐露した上で、

そう、明日もその先だって

答えは一つだった

僕らの儚い美しさ

人生のほんの一瞬

夢を分かち合った

忘れないたとえ離れても

君といた星は Vintage

 

アイカツとの思い出、人生の大きな分岐点を、

"人生のほんの一瞬"

だと表し、大切な思い出をこれから先も重ねて美しい思い出に昇華していこう。言葉が超えられない感情を乗り越えていこう。

だって人生はまだまだ続いていくのだから、という精神性が気高くて、大好きです。

 

アイカツスターズ!第33話「迷子のローラ⁉︎」は引用の使い手である白銀リリィが偉人の引用を駆使して桜庭ローラを鼓舞するエピソードだが、最後に送ったアドバイスは自分の言葉だった。

正しい道などどこにもない あるのはただ自分が信じた道だけである。

(それは、誰の言葉なんですか?)

私の言葉です。

 

引用やモチーフから学び自分の言葉を見つけ自分の表現へと昇華させていく、というのは星のツバサ編のテーマでもあったし、アイカツや仲間たちへの想いを引用した上で松岡ななせのこれからを表現してみせた『→Go ahead!』と『Vintage』はほんとに強い。

 

個人のLiveでも"絆"に関する楽曲を多くカバーしていたし『Vintage』に関してはリスフェス名古屋にて歌唱担当の大先輩にあたるMia REGINAと一緒に歌い上げてみせた。どこまでも続く絆を大切にした楽曲だ。

 

『→Go ahead!』の総合プロデューサー兼作編曲ギター演奏者の野崎心平氏や『Vintage』『アンノンフィリング』の作編曲兼ギター演奏者中村純一氏など、製作陣もアイカツからの繋がりの方々との"絆"を感じられる。

 

歌詞は安藤紗々氏だがオリジナル曲の制作にあたり、ななせ自身がどういう想いを込めたいかの明確なイメージを持ち野崎氏や安藤氏に伝えることが出来ていたからこそこのような2曲が生まれたのだと思う。

表現者として好きだった人の作家性や精神性に触れてさらに惚れ込んでしまったのは、上田麗奈『RefRain』以来の衝撃だったし、奇しくも白銀リリィを体現したお二人のそれぞれの作品は星のツバサ的なテーマに迫るとても素晴らしいの世界観を有しているので是非聴いてみてほしい。

アイカツへの想いが込められた前2曲が歌唱担当で多くを担当したクールでロックなイメージになっていたのもアイカツ的な文脈だが、3曲目『アンノンフィリング』では方向性がガラッと変わるので次のレヴューへ。

 

 

未知数で不思議な"らしさ"

revue song『アンノンフィリング』

このCDを手に取るまでは、松岡ななせ1st Live "unknown"で最初のオリジナルとして発表された『アンノンフィリング』がなぜ表題作にならなかったのかという疑問があった。

しかし、前2曲から伝わるアイカツへの想いと、思い出を大切に前に進み続けるという彼女の意思を考えれば表題作に『→Go ahead!』を選んだ理由がよくわかる。

 

前2曲がアイカツに関する想いとこれからの決意表明の曲だとしたら、未知数で不思議な"らしさ"『アンノンフィリング』とは松岡ななせ自身を歌った歌なんだと思う。

 

1st Liveのタイトル"unknown"からもアンノンフィリングはそのまま "unknown feeling"、未知数で不思議ならしさと表すことが出来るがなぜカタカナ表記なのはその意味通り未知数さを歌った曲だからだろう。

 

どこか異国情緒溢れるイントロからはアジアの雑踏な雰囲気が漂ってくるようだ(個人の感想)。

カタカナで表記することによるアンノンフィリングという発音は中国語とも広東語的とも受け取れる可愛らしい印象を与え英語ともカナ語とも取れる、未知の可能性を感じさせる。

また、

カルツォーネの真っ赤なフィリング

私の🖤ね…溢れだしてとまらない

という表現は、フィリング(料理において生地の中に詰めたものを指す)(ex.カレーパンでいうカレー・餃子でいうタネ)とフィーリングを掛け合わせ、松岡ななせという表現者の未知の内面性(真っ赤なトマトソースと真っ赤な❤️)を掛け合わせた言葉遊びだ。

ちなみにカルツォーネはななせの大好物餃子にも似ているのでそこらへんの意匠が込められているとしたら面白い。

※餃子への造詣が深い松岡ななせ氏はLiveのステージ上でギョーザーや手羽先の立ち食いを披露したり、MCで脈絡なく餃子食べたいと叫ぶことがある餃子芸人としても有名である。(誇張表現)

 

歌詞もパワーワードが雑多に行き交う捉えどころのない未知数さを帯びたものに仕上がっているし、

メランコリックは美少女治外法権

稀有な体験まるで近未来来々軒

等々言葉遊びが面白いものになっている中でも、

"SR確定最高でしょ?"とか"プログラムプログレス 焦げちゃうぜCPU"

など、所属事務所DEARSTAGEのお膝元であるジャパニーズ・アキバカルチャーへの影響も濃く感じられるのが面白い。

 

そんな雑多さ未知数さがテーマで歌唱難度も高い本曲を可愛らしく歌い上げる彼女は未知数の存在であるけれどアイドルそのものだし、これからの彼女を表現した『→Go ahead!』という作品の中でクールでカッコいい曲だけでなく、自身のアイドル性を示すシンボルの様なこの曲を最後に持ってきたのがやはり強いし将来性しか感じないし、なんてったってアイドルだし、『→Go ahead!』という作品は未来へ重なるVintageの様な魅力を持った作品になっていくと確信してここまで書いてきました。

 

遅れてきた生誕祭!?では『Vintage』と『アンノンフィリング』を歌わないという攻めの選曲だったが、あの時点で歌いたかった曲が他にそれだけあったということだし、これらのオリジナル曲は休止期間が明けてから何度でも歌っていくよという表れではないでしょうか?

そう思います。

 

そういうわけでこの記事を読んでくれた方が松岡ななせ『→Go ahead!』を手に取り、次現場でお会いできることを楽しみにしています。