→NOT ODAYAKA!

アレはおだやかじゃなかったわね〜

分かり合えない人へ〜 新海誠が「天気の子」で沈めたものは

京都アニメーションにあってはならないことが起こったとき新海誠は世界がすこしでも豊かに良くなることを願ってアニメーションを製作していると言った。

でもそんな言葉を信じられる気持ちにはなれなかった。あのタイミングで日本のアニメ界を代表する人物がこのような声明を出すことは正しいけど、言葉の意味自体はただの詭弁だと思っていた。そんな僕は翌日『天気の子』をみてアニメーションに救われた気持ちになる。

 

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(C) 2019「天気の子」製作委員会

 

(ネタバレ回避の人は戻ってください)

 

分かり合えない人へ

独占インタビュー!『天気の子』新海誠監督、「君の名は。」批判した人をもっと怒らせたい - SANSPO.COM(サンスポ)

今回の映画について『君の名は。』に怒った人をもっと怒らせたいと語る新海は、そもそもそういう人たちと相互理解を求めているわけではないと思う。だってはじめから分かろうすらしない人って沢山いるんだもの。作品の趣向の好き嫌いとは別で、自分の想像力を超えたものをはじめから理解する気のない人は存在する。そういう人たちは往々にしてアニメーションの可能性やエンタメの可能性を信じていない。自分の固定観念が全てでそれ以外は認めない。「新しさがない」「所詮アニメ 」「馬鹿でも感動できる」「リアリティがない」「整合性に欠ける」→(だからこの映画は駄目)等々自意識過剰な人がよく使う。映画批評における危険ワードや心構えは作家の伊藤計劃氏がまとめている。氏が存命なら『君の名は。』『天気の子』をどう評しただろうか。信用してはならない映画評の書き手の見分け方 - 伊藤計劃:第弐位相

別に好みでないものを無理に褒める必要はない。でもそれをわざわざ怒りに転化してしまう心理は自分の価値観とは異なるもの認めることが出来ない幼稚な怒りだ。

『天気の子』は『君の名は。』以上のテンポ感で都合よく物語が進んでいき、リアリティに欠ける部分もあるし整合性はあまり考慮されていない。当たり前のことだけど物語はある程度都合よく進んだ方が飽きさせず展開させることが出来るし、リアルに寄せ過ぎると地味になる部分(アクションなど)はファンタジーに寄せて派手に見せた方が面白い。この映画はそんな積み重ねだ。どこまでも面白さとテンポ感を優先している。いちいち説明を挟んで展開や設定をこじつける事も尺を伸ばせば可能だろうが物語に没入するための速度が欠ける。新海誠はとくかくオタク心をキュンキュンとくすぐり続ける映像を作りたいのだ。そういう意味で本作は本当に素晴らしい。

相互理解をしましょうだなんて道徳の授業をするためにこんなことを書かないが、大切なのは真に同じ人間など存在せず、真の意味での相互理解はありえないと意識すること。自分が好きじゃないものを受け入れる必要はまったくないがそれを理由に否定することこそ相互理解の敵だ。自分の領空外を否定し攻撃する人とは分かり合う余地すら生まれない。道徳の授業みたいだな⁈

整合性を重視したり新海が用意した様々なシチュエーションに萌えない人にはつまらない映画かもしれない。パトカーで刑事から陽菜の本当の年齢を知った時の帆高の反応にキュンキュンしない人は今作を楽しめなかったはずだ。でもそれは映画に対して目指すものが違ってるというだけで、怒りに転化してしまうのは己のキャパシティの狭さを露呈する行為だ。

 

odayakana.hatenablog.com(シャフト版の打ち上げ花火〜が心無い批判にされされたのは本当に悔しかった)

 

新海誠が沈めたものは

「宇宙空間で音はなりませんよね」との問いに「俺の宇宙ではなるんだよ」と返したのはジョージ・ルーカスの逸話とされているが、新海も自分が面白いと思うものをひたすら追い求める映像作家だ。そしてそんな作風は『君の名は。』の大ヒットによる名声と引き換えに地獄のクソリプのような批判にさらされた(らしい)。劇中で何度も繰り返される台詞「この世界はもともと狂っている」はそんな現実世界への警鐘や怒りでもある。

主人公の帆高は、最後に、大きな決断をする。「ずっと窮屈だなと思っている少年が、誰も言ってくれない、政治家も報道も教科書も先生も言ってくれない言葉を叫ぶんです」

また『天気の子』では、

「僕らは自分たちだけでやっていけるんだ。大人はほっといてくれ」

「神様、お願いです。これ以上僕たちに何も足さず、僕たちから何も引かないでください」

といった青少年期に感じやすい自意識の発露を繰り返し強調する。常識に囚われず自分の思うように生きたいだけなのに世界が許してくれない苦しさ。そういった肥大化した自意識が世間の常識に一蹴される青少年期の生きづらさに通ずるものを、『君の名は。』の成功の後にこそ、新海は再び意識することになったのかもしれない。

テレビやSNSを駆使して自身の考えを拡散するクリエイターも増えているが新海誠はやはり映像でこそ語る作家だ。『天気の子』のクライマックス後のわずか5秒くらいのモノローグの間に彼はいとも簡単に東京を水没させた。

新海は自分のアニメーションの中でなら既存の東京という常識を簡単に破壊してしまえることを証明してしまった。

「所詮アニメだから」「精神的キモオタ童貞の妄想オナニーだから」←多分ここまでは言われてない

みたいな、現実での心無い批判をアニメーションの中から「狂っているのは現実世界の方だ」と突きつけ、既に狂っていた仮想現実の東京を沈めてみせた。多分この時、現実での心無い批判も一緒にアニメーションの中に沈めたのだと思う。

そして「この狂っている世界で、それでも僕たちは生きていくしかないんだ」と現実に挑戦状を叩きつけた。

自分の中でそういう意味を受け取ったとき、新海誠という映像作家は『君の名は。』から、さらに上の領域へと突き抜けていってしまったと、手のひらを無限に返してしまった。

雲のむこう、約束の場所』のような、良くも悪くも自意識的で自己完結的な映像を作ってきた人間が、世界やエンタメの可能性を押し広げるような。これからのアニメーションの可能性を肯定するような作品を作ってくれたことが無性に嬉しかった。

 

愛にできることはまだあるかい

主人公たちの自意識の選択が世界の命運を左右するというのがセカイ系作品の大まかな設定であり、故にセカイ系は内省的な作品にしかならないというのが個人的な定説だった。しかし『天気の子』はセカイ系の王道設定を使いながらも、アニメーション世界の方から現実が狂っていると、でもその狂った世界で僕たちは生きていくんだと現実世界に突きつけ、外に開いた結論を導き出した。これまでのセカイ系では考えられなかった、アニメーション世界から現実世界へ立ち向かうことに本気で取り組んだ、セカイ系の向こう側へと突き抜けた作品だと思う。

愛の歌も 歌われ尽くした 数多の映画で 語られ尽くした
そんな荒野に 生まれ落ちた僕、君 それでも

愛にできることはまだあるよ
僕にできることはまだあるよ

「愛にできることはまだあるかい」RADWIMPS

こんな時代によくこれほどクサい愛を歌ったものだと思いながら涙が溢れてきた。

悲しい事件、狂った世界。愛は歌われつくし、荒野のように退廃していく現実の中で映画や音楽の中から、自分にできることはまだあるよと進み続ける人たちがいる。それが何よりも嬉しくて、僕はこれからも映画や音楽に救われていくんだ。

「Wake Up, Girls!」という物語を語り継ぐために

開場アナウンスが終わり一曲目のイントロが流れてくる。はじまりのコールが世界一カッコいいあの曲だ。

Wake Up, Girls!!!」

 

コールと呼ぶにはあまりにも激しい、怒声とも悲鳴ともいえる叫びと共に火花が上がり、さいたまスーパーアリーナに7人のアイドルが現れた。

Wake Up! この祈りよ届け

今夢に向かうよ両手伸ばして

Stand Up! 迷いなく走り出そう

この世界で生きるために 君と共に my only one.

これから僕が語るのは僕とWake Up, Girls!という7人のアイドルの物語であり、未だ見ぬ誰かへと向けた祈りだ。

永野愛理は語った。今は届かなくても絵画や音楽のように残り続け、この先の誰かに届いて欲しいと。

皆さんがその心の火を灯し続ける限り、
WUGは生き続けていくと思います。
今気付かれなくてもいい。
絵画や音楽のように。
5年でも10年でも20年先になっても、
WUGってすごいグループだったと。

WUGという人生は幕を閉じましたが、
音楽や歴史はこれからも生きています。
これからも誰かの心にWUGの音楽が刺さって
生き続けていきますように。

Like a SAKURA.あいり | Wake Up, Girls!オフィシャルブログ Powered by Ameba

「アイドルは物語」というテーマも色々な人が語ってきた。ANIMAXWake Up, Girls!ファイナル密着のドキュメントでも吉岡茉祐が、

「WUGって物語じゃないですか。誰かの心の中に生き続けられれば物語は進んでいく、更新されていくと思うので」と、自信に満ちた笑みを浮かべていた。ドキュメンタリーはこの日SSAに足を運んだ1万3000人通りの物語があると語る。

この7人のアイドルの最後の物語には1万3000人分の視点があるし参加できなかった人にとっての物語もある。これから彼女たちを知っていく人の物語もあるのだろう。物語はこれからも増えていく。

 祈りは言葉でできている。言葉というものは全てをつくる。言葉はまさしく神で、奇跡を起こす。過去に起こり、全て終わったことについて、僕達が祈り、願い、希望を持つことも、言葉を用いるゆえに可能になる。過去について祈るとき、言葉は物語になる。

 人はいろいろな理由で物語を書く。いろいろなことがあって、いろいろなことを祈る。そして時に小説という形で祈る。この祈りこそが奇跡を起こし、過去について希望を煌めかせる。ひょっとしたら、その願いを実現させることだってできる。物語や小説の中でなら。

舞城王太郎好き好き大好き超愛してる』冒頭文

 

東日本大震災をきっかけに生まれた「Wake Up, Girls!」という声優ユニットは「海そしてシャッター通り」のように既に過ぎ去ってしまったことについても祈り歌ってきた。そんな祈りと共に活動を終了した「Wake Up, Girls!」という最強の声優ユニットを語り継ぐために、自分の物語を語ろうというのが今回の試みだ。

そう、これは僕にとっての想い出のパレード…

 

《ここまでモノローグ風に格好つけてお送りしてきたので照れ隠しのおつよぴぴ!ぶひぃ拙者まゆしぃすこすこ侍でござる。てぇてぇ。結婚してくれ。でゅふふ》

 

はじめて仙台に行った

2018年1月6日、最高のアイドルグループのツアー初日宮城公演のため僕は初めて仙台に訪れていた。思ったより寒くないな…というのが仙台空港に降り立った時の率直な感想だった。厳しい寒さとどんよりした空気。勝手に想像していた東北へのイメージと違ったカラッとした空気と吹き抜けるさわやかな風。僕が住んでいる関西の盆地の方がよっぽどどんよりとして厳しい寒さだと思った。イズミティー21ホールまでの移動の間何もかもが乱雑な大都会や何もない田舎とは違い人が多すぎず少なすぎず、初めて訪れた僕にとってもどこか安心することが出来る。仙台はそんな街だった。

目的のライブは予想を遥かに超える最高のライブに終わった。ライブ後の打ち上げは宮城の料理とはまったく関係ないチェーン店だったけど最高の気分でお酒を飲んでいた。するとその中の一人がライブ前の時間「Wake Up, Girls!」の聖地巡礼をしていたと言っていた。

「そうなんですか〜」と流しつつ内心今だそんな人がいるのかと驚いていた。「Wake Up, Girls!」は既に過去のアニメだと思っていたし、丁度その頃WUG新章が放映されていたことや同名の声優ユニットの現状についてまったく知らなかったし興味がわかなかった。

翌日仙台駅のペデストリアンデッキを練り歩いたり、たまたまWUG聖地の一つである末廣ラーメン本舗仙台駅前分店で昼食を食べるなどしていたのだけど、僕が「Wake Up, Girls!」を思い出したのはそれから約半年後の話だ。

別に半年後劇的な事があったわけじゃない。単に推しの一人の、舞台「Wake Up, Girls! 青葉の軌跡」出演が決まったというだけで、「へーそうなんだー堀越すごいじゃん」と小学生並みの感想を抱いたものの遠征して観に行くほどのモチベーションは皆無だった。

それは6月15日Wake Up, Girls!の解散発表が流れてきた時もそうで、僕が彼女たちに興味を持つのはそのタイミングではなかった。無数に存在するエンタメの数々の中から思いがけない出会いをすることはとても難しい。すべては巡り合わせでタイミングよく目と目が合った時はじめて、その世界を見つけることが出来るんだ。

 

キラッとスタート

中野サンプラザはアイドルの聖地だ。数多くのアイドルグループがワンマン開催を目指し、ライブを成功させることが出来たらなら武道館への扉が開く登竜門でもある。上記で仙台に行った理由のアイドルグループ(コンテンツ)の初ワンマンの思い出の場所でもある。2018年9月29日、近くの某有名豚骨ラーメンチェーンで昼食を済ませた後、僕はキラッとした熱気に包まれる会場に入ったぷり。

その日のステージには田中美海山下七海がいたのだけど正直ほとんど覚えていない。ノンシュガー結成前後の某アニメの展開が個人的には全然面白くなくてしばらくそのアニメを見るのをやめていた。だからノンシュガーの既存曲や新曲が披露されている間の会場の熱狂的なボルテージの間、僕は一人冷えていた。覚えていることといえば、夜公演のノンシュガーによる物販紹介コーナーは田中美海がほぼ一人でまわしていて、この子はしゃべりが上手だなぁと感心したのと同時に他の二人は何をしているのかなと思ったこと。田中・山下の名前は何となく覚えがあったので連番者に「ノンシュガーって全員WUGなんだっけ」と間抜けな質問をしたことを覚えている。

それよりもなにより、林鼓子ちゃんを中心にした「Run Girls, Run!」のパフォーマンスがあまりにも素晴らしく感心してしまったので気付いたら数日後Run Girls, Run!1stツアー大阪公演のチケットを握っていた。結果的にこれもWake Up, Girls!との出会いにつながる。

 

スキ タカギ ナイト

10月20日の深夜未明。その日は何故かまったく寝る気起こらずなんとなくTLで話題になっていたアニクラ秋葉原MOGRAでやっていたアニソンインデックスの配信をみていた。

近年たいしてアニメを見漁っているわけではないので、知らない曲やなんとなく知ってるくらいの曲が多かったのだけど、自分が深夜のテンションだったのと会場のオタクのノリがよくて心地よい空間がそこにあった。そんな中特別ゲスト枠で登場したDJ高木美佑。はっきりいって知らんし誰だよと思った。せっかくいい感じにノッていたのに、大切なDJプレイの枠をこんな素人じみた子のために使っていいのかとすら思っていた。

しかし蓋を開けてみればI'veサウンド大好き声優を名乗る彼女のDJプレイは素晴らしかった。特別I'veサウンドに造詣が深い訳ではないがアニクラ栄えするゴリゴリのI'veサウンド中心に(しかもいい感じに古め)畳み掛けてくる彼女に対して、内心この子何才だよ⁉︎と思いながら高まっていた。

そして最後の曲「タチアガレ!」。この曲は僕も知っている。昔、劇場版「七人のアイドル」とTVアニメ版「Wake Up, Girls!」は見ていたのだ。そして当時劇中でいいなと思った曲は多分この曲だけだった。

湧き上がるフロアと懐かしいメロディ。

Wake Up! の半拍子後にオタクが跳ねる。

2chやまとめブログでクソみたい叩かれ貶められていた「Wake Up, Girls!」をヘラヘラ眺めていた側の人間であり以降は興味をなくしていた僕にとって、数年ぶりに聴いたこの曲が理由はわからないけど無性に刺り涙が溢れそうになった。

多分この夜が僕が「Wake Up, Girls!」を見つけた原体験なんだと思う。

数日後、続・劇場版「Wake Up, Girls! Beyond the Bottom」を観て泣いた。

 

想い出のパレード

Wake Up, Girls!にハマってからSSAに至るまでの話は大体ブログに書いてきた。あの監督の作家性について、WUGライブの特質性について、そしてSSAに至るワグナーの軌跡について。

odayakana.hatenablog.com

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 《この記事のはじまりは↑記事との繋がりを意識しているものである》

 

 

SSAではじめてWake Up, Girls!をみたあなたへ

SSAではじめてWake Up, Girls!をみたあなた、あるいは他界したりなんやらでWake Up, Girls!SSAで久しぶりにみたあなたへのマウントをとっていく。まあ僕も新参なのだけど。

SSAは「Wake Up, Girls!」という物語の終着点としてこれ以上はない最高の舞台だったわけだが過去最大の舞台だからといって、これまでのライブのベストに挙げるワグナーはあまりいないと思う。少なくとも個々の楽曲のパフォーマンスに対するベストアクトはワグナー各位それぞれ無数に挙げられるだろう。

過去最大規模の大掛かりな演出が可能な反面、彼女たちの繊細さや客席まで利用するファンとの距離感、空気感、質感。それらを生かしたのは地方のホールやファンクラブの小規模イベントだったのだと思う。

多分そういうのはツアーファイナル仙台で極まってしまったし、なによりメンバーが何度もエクストラステージと繰り返していたように、SSA公演はあくまで外伝的な位置付けのステージだった。

僕がツアーファイナル仙台に行けなかったことは多分ずっと後悔として残るが、part3の大阪→長野→愛知と公演を経るごとにワグナーの熱気とWUGのパフォーマンスが研ぎ澄まされ異様な一体感を生んでいく過程を体験することが出来たのは一生の思い出だ。

よぴぴの投げたチョコレートが僕の左手をかすめていったこと。まゆちゃんが手を伸ばせば届く距離で地下鉄ラビリンスを歌ったこと。

「海そしてシャッター通り」「言葉の結晶」「土曜日のフライト」「さようならのパレード」4曲とも地方のホール演出で体験できたこと。

なによりpart3大阪3日目開幕の「少女交響曲」の確定SSR衣装ガチャで、幕が上がった瞬間少女交響曲衣装だった時の興奮が忘れられない。

この記事の目的の一つはSSAの円盤がバカ売れすることだけど、それと同じくらい過去のツアーや映像コンテンツにも興味を持ってもらいたい。見たら絶対後悔するから。そして僕自身も後悔というクソデカ感情を大切にしていきたい。

 

 

物語を語り継ぐために

何かについて語る時、人はどうしても自分語りをしてしまう。伝えたい対象があったとしても自意識の垂れ流しになってしまい上手く伝えられない。

人は残したい感情がある時こそ、きっと音楽を作ったり小説を書いたりする。自分も出来ればそうしたいところだけど、凡庸なりに140字なんかでは伝えられないクソデカ感情をブログにまとめてきた。

結局自分語りだし自意識の垂れ流しですよ。でもクソデカ感情に名前をつけて理論武装し、伝えたいテーマへと繋げながら自分の物語としてより面白く、読み聞かせやすく工夫してきたつもりだ。

そしてそういう運用を強く意識し始めたのは作秋アニメ「Wake Up, Girls!」をみてアイドルや物語について改めて意識し、自分がどういう人間なのか考えたから。

あの監督の自意識は控えめに言って我慢ならないレベルで破綻してるけど、彼が映像作家として伝えようとしたものはいつまでも自分の中に残り続けると思う。

 

そしてアニメだけでなく声優ユニットの「Wake Up, Girls!」も偶像としてのアイドルに留まらない感情をや生き様を伝えてきてくれた。

「忘れないで」っていう強い感情も時の流れとともに薄れていってしまう。

けれどもWUGは例えば、「忘れないで でも上手に忘れて」という歌詞と共に言葉を結晶にして残した。物語を残してきた。忘れられないよ。

WUGと一緒にまわった地方を訪れるたびに。土曜日のフライトをするたびに「Wake Up, Girls!」のことを思い出すだろう。

 

だからこれからも誰かに向けてWUGの物語を語り続けていくんだと思う。感情は物語にすればきっと残り続けるから。

終わらないよ ボクらDreamer

星咲花那バースデーライブ&1stシングルリリース記念 ~あの日みた夢のはじまり~(ゲスト:松岡ななせ) に行ってきました。

このライブの題名が「あの日みた夢のはじまり」であり会場が科学技術館サイエンスホールだったのは、星咲花那(と松岡ななせ)がAIKATSU☆STARS! のメンバーとして、2015.4.29(水・祝)『アイカツ!』3rdシーズン新OP EDシングル発売記念イベント「STAR LIGHT PARTY!!」《ホール☆スタージ》にてはじめて客前に立った思い出のステージだからだ。

その約一年後の2016.7.23にもAIKATSU☆STARS!ハルナツ感謝祭というミニライブを行なっていて、尚更思い入れの強いステージでの凱旋ライブだといえる。

 

両名は2019.3.22中野サンプラザホールにて開催されたクラシカロイド音楽祭第2回でステージに立ったけど、それも2015.11.21開催のAIKATSU☆STARS! 初ワンマンライブ「アイカツ!スペシャルLIVE 2015 Lovely Party!!」と同じ会場での凱旋ライブだったといえるし、余談だが2019.3.21に同じく元AIKATSU☆STARS! のメンバーである未来みきによるイベント「あにてれpresents 未来みきBirthday Party ~未来へシュバっ★とサイエンス!~」も科学館サイエンスホールで開催された(ちなみにゲストの1人が同じくAIKATSU☆STARS! 元メンバーの遠藤瑠香)。

こういうイベントが増えると古参は軽率にエモくなってしまうので、これからも軽率にやってほしい。

(サヨナラはいらない ずっとずっと…アイカツ!)

 

 

星咲花那バースデーライブ&1st シングルリリース記念〜あの日みた夢のはじまり〜セットリスト

1.Trip Trip Trip

2.トライアングラー

MC

3.リンゴの輪舞曲(劇団DS公演「四月の霊」OP曲)

4.ヒカリのメヌエット(同上挿入歌)

(ゲストの松岡ななせ登場)

5.フレンド~凛 & まどか Ver.~( ななせ・かな from AIKATSU☆STARS! )

トークコーナー(星咲・松岡)

↓ここから2曲松岡ななせ

6.Q&A リサイタル!

7.アンノンフィリング(オリ曲)

 

8.アイネクライネ 夜のムジー

相談コーナー(Twitter企画)

(おかなband登場 Gt.Ba.Dr.の構成)

9.世界にたった一人しかいない君に(オリ曲)

10.惑星ダンス(オリ曲)

(特別ゲスト野崎心平氏がGt.に加わる)

11.Song Flower(オリ曲)

encore

12.Summer Tears Diary(かな from AIKATSU ☆STARS!)

13.君がいるから(オリ曲 作詞作曲:星咲花那)

 

ORESAMA「TripTripTrip」、坂本真綾トライアングラーという星咲花那が好きなアーティストの楽曲からはじまった安心のライブスタート。ほかにもSHISHAMOマクロスFあいみょん等は頻出するので彼女のファンは覚えておいて損はない。

衣装はMIYANISHIYAMA氏製作でイメージカラーである緑系の爽やかなかつ可憐な衣装。アイドルグループにいた彼女も今後はカテゴリ的にシンガーソングライターになっていくんだろうけど、このような衣装は分かり手だし彼女持つアイドル性も勿論魅力のひとつなのでありがたい。

MCにて次の二曲「リンゴの輪舞曲」「ヒカリのメヌエット」は劇団ディアステージの公演「四月の霊」のOPと挿入歌とのこと。星咲花那は劇団ディアステージの旗揚げ公演に女優として出演しその後は舞台には出ていないが、こうやって歌で再び関わるというのが心強い。しっとりした曲なのでよかったら座ってと着座。舞台は行ってないが先々週のデリッシャスで聴いていたので古参の気持ちで清らかに耳を澄ませる。ジャズ調の静かな曲でさぞ舞台で映えるのだろう。

「フレンド~凛 & まどか Ver.~」イントロが流れると同時にステージ後方からゲストの松岡ななせが登場。かわいい。ていうかいきなりフレンドはヤバイ、ヤバイヤバイ。

二人ともがっつり踊ってたし、動きにしても表情にしてもAIKATSU☆STARS! 時代の活動とはまた一味違った成長した二人の余裕を幾分にも感じられたのが素敵だった。確か落ちサビの最後(大丈夫 ずっと そばにいるよ)でななせが花那に抱きついたんだっけ。尊いな。

特に星咲花那はこれからシンガーソングライターとなっていく上でステージで踊る機会は減っていくと思うけど、元々歌唱力に定評があった彼女にとってAIKATSU☆STARS! の活動で一番伸びたといえるダンスをまだまだ披露する機会があるというのは古参おじとしては嬉しかったね。バースデーライブの数日後、今日はダンス練習だったみたいなツイートをまだまだ機会があるようこれからもダンスも大切にしていってもらいたい。

ちなみにななせもMIYANISHIYAMA氏製作の衣装で登場(昨年5.14松岡ななせ 1st Live "unknown"で披露された衣装)。

松岡ななせ Nanase Matsuoka on Instagram: “💚💜 . MIYANISHIYAMAさんの お衣装コンビ! バタバタで撮れたのがこの一枚のみで 髪飾りつける前だし悔やまれる〜、、 また撮れる機会欲しい、、 MIYANISHIYAMAさんの衣装きると めちゃくちゃ強いアイドルになれる からアイドル要素多めの時の戦闘服なの💜…”

(控えめにいってかわいいかよ)

 

二人揃ったところで椅子を並べてトークコーナー。ガチで特に内容練ってなかったらしく完全フリートーク

 

「ここサイエンスホールは私たちにとって夢のはじまりの大切な場所なので再び立てて嬉しい。エモい…?よね!はじめてのステージでは緊張しすぎて客席を全然見られなかったけど今日はみんなの顔ちゃんと見えてるよー!ななせは久しぶりにここに立ってみてどう?」

「うーん、ぶっちゃけ少し前に(前述の)未来みきちゃんの生誕祭を客席から観ていたのであまり久しぶり感がない(笑)でも勿論ステージ側に立つ喜びを感じているしエモさはある。呼んでくれてありがとう」

「ななせと私たちは結構運命的な出会いだったんだよね!アイカツのオーディション当日会場に向かう途中で周りをキョロキョロみてる不審な子がいて、あれ…もしかしてあの子もオーディションに向かってるのかな?私も道イマイチ分からないし話しかけ…いや人見知りだから無理」とか思いつつ会場に向かうとやはりさっきの子も来ていて一緒のエレベーターに乗った。

オーディションの途中少し話して受かるといいねみたいな話をしていた。こうして二人とも受かってAIKATSU☆STARS! になって、こうして卒業後も同じステージに立てて嬉しい。

星咲花那リリース記念&バースデーが決まった時LINEにて松岡→星咲「ライブおめでと〜、絶対見に行きたい」からそのうちななせも出ちゃう?という流れになりゲスト出演が決まってしまう(笑)(内容ちゃんとは覚えてないので大体のニュアンスで書いてます)

 

AIKATSU☆STARS! メンバーの個人現場についてディアステ組と退所組との合同イベントって今回がはじめてで、実現したのが有難いし物販含めてディアステージが協力的に動いてくれていたのは珍しくディアステに感謝しかないです。

トークがグダってきたところで定番の相手の好きなところを10個挙げる流れに。しかし何故か松岡→主役の星咲ではなく星咲→松岡の好きなところを挙げることに)

(ななせの)鼻すじが素敵、髪色なんでも似合うところが素敵、アイドル詳しくて凄い、とにかくかわいいなど主に外見の良いところを挙げていくが最後に私の悩みを何でも受け入れてくれるところが好き!と綺麗に締まり、ゲストが気持ちよくなってトークコーナー終了。

(松岡→星咲の好きなところ10個は後でtwitterに挙げるわ〜)

(それがこれである)

 

Q&A リサイタル!

(曲前に小声で…)

(次やる曲の間奏でみんなに言って欲しいことがあるんだけどいいかな?私が合図したら「おかな!おかな!ハッピーバースデーおかな!」ってコールして欲しい。みんななら大丈夫!ということで曲がはじまる)

自分はスフィアのオタクでもなかったので戸松遥個人名義の本曲もあまり知らなかったけど会場沸いてたしコールも結構入ってたので有名アゲ曲みたい。

ライブでは間奏で「ハルカ!ハルカ!LOVEハルカ!」とコールが入るのが通例らしいが、間奏前のDメロを歌いながら客席通路を盛り上げながら練り歩いてきたななせが件のコールのタイミング、客席通路ど真ん中で「おかな!おかな!ハッピーバースデーおかな!」と会場一体となって盛り上げてて、ああこの子はもうほんとに天才なんだなと思ったね…なんだこれ…実質Wake Up, Girls!のライブか⁉︎(ななせはワグナー)と感動しましたし参りましたよ。選曲やステージの使い方に留まらず、客席の使い方まで考えてる…そういうところがあるから"推し"なんだよねー

 

アンノンフィリング(松岡ななせオリ曲)

はじめて聞いた人どうだった?かっこよかったっしょ、よかったっしょ⁉︎

松岡オリ曲枠が一曲あるとしたら夢を分かち合った仲間たちへの情景を歌った「Vintage」を歌ってしっとり締めるもんだと思ってましたがそこは松岡ななせ、なんとまあ友達のバースデーライブを最後まで気持ちよく盛り上げていきましたよ…

松岡ななせの雑多で多彩な才能とカルツォーネの様に真っ赤な情熱。治外法権美少女を遺憾なく感じられる曲なのでみなさんCDを買ってください(物販のCD枯らしてごめんね)。

 

アイネクライネ 夜のムジー

元AIKATSU☆STARS! メンバーの個人現場でおそらくもっとも披露されているノリの良い名曲。僕レベルで生で聴いたのがこの時で9回目だったのでそれ以下の星咲推しは頑張ってください。

 

相談コーナー(Twitter企画)

あれれ〜、さっき何かすごいコールが聞こえてきたんだけどありがとう…ななせが曲の前に何かお願いしてたの聞こえた気がするんだけど…

\なんにもいってないよー/

ええっ!そうなんだ…まあありがとうございます。

さて、それでは予めTwitterで募集していたおかなへの相談コーナー!このボックスに募集した質問が入っているので今から引いてその場で答えちゃいます。でもどうやって引こうかな…そうだ!みんなに引いてもらおうかな!

(ざわ…ざわ…)

質問箱を引きたい人〜?

(沢山手が挙がる)

う〜ん沢山いるなぁ…どうしよう…どうしよう…う〜ん

(確か最初の何人かは近場の目に留まった人のところに行って引いてもらったんだけど手を挙げる人が多過ぎて困ってしまった星咲花那は…?)

 

よし!それじゃジャンケンで決めよう!

僕(!?)(質問を引くだけの人を決めるのにジャンケン大会がはじまるのか…⁈)

〜ここで僕は3.16秋葉原ディアステージ名古屋店で開催された「堀越せな生誕祭+デビュー4周年記念ライブ『SENA』〜前夜祭〜 2部」のことを思い出していた〜

 

《回想》

堀越せな生誕祭+デビュー4周年記念ライブ『SENA』〜前夜祭〜というイベントは、元AIKATSU☆STARS! メンバー堀越せなさんの個人イベントでライブパートは控えめにトークコーナーが中心のイベントであり、そこにシクレで星咲花那さんも登壇されました。

堀越せなも同様にTwitterで募集した質問コーナーというのを設けていて、まあ事前に選定して紙にまとめた質問を読むんだろうなと思っていたらあろうことかその場でスマホを開き始め「今みて気になったやつ答えるね〜」ってノリで進行していった。そして案の定クソリプに反応したり話が180度脱線してなんの話だったっけ?という流れになりがちに。トークコーナー途中からゲストの星咲花那も加わりさあここから何を話すんだろうと思っていたら、

堀越「なんと!たこ焼きを買ってきました〜!おかなとのトークコーナーでロシアンたこ焼きをやったら楽しいかなと思って!」

そしてはじまるリズムに合わせて相手の好きなことを答えていくゲームと負けた方がひとつづつたこ焼きを消費していく謎の時間。しかもたこ焼き2、3個じゃなくて6個か8個1パック食べ終わるまで長尺を使って行われた…

 

《星咲バースデーライブ相談コーナーに戻る》

ラジオとかそうだけど喋れる人ってただ上手にフリートークで番組をまわしてるわけではなくて(稀にそういう人もいるんだろうけど)上手な人ほど番組構成を考え事前に準備できるところを整えてからトークに臨んでいるわけよ。限られた時間の中で最大限の情報やバラエティを実現するため色々考えてやっているわけ。それを踏まえて星咲・堀越がどういうタイプかというと、ラジカツ時代からそうだけどド天然で自分の思うがままにってタイプなわけ。そして星咲バースデーの質問争奪じゃんけん大会もそれなりの尺を使ってぐだぐだっと繰り広げられたわけで、やっぱり企画の構成が上手いタイプではない。

《ここからが重要》

ここまでずいぶん辛辣なことを書いてきましたがここからが重要です。これらの事象を前にファンがガッカリしたりヒリついたかといえば彼女たちをよく知るファンからしたら、相変わらずの天然さにむしろ微笑ましい事案であるし、星咲バースデーに関しては結果的に客席奥や上手側下手側色々な所に本人が赴いて目の前で相談を読み上げてくれるという擬似接近になり、結果的になかなか素晴らしいコーナーになっていたと思う。星咲くん近くで見るとちっちゃくてかわいいのに頭身高くてすげって思う。

ただまあこれだけ言っておきたいのは彼女たちのノープラン芸は身内でしか通じない方法なので、これから合同イベとかラジオとか色々な仕事が増えていくと思うから、業界の基本的な方法論について多少意識していって貰えるようになればと思いますね。

 

覚えてる範囲での相談内容について、

好きな猫種は?⇨なんて答えたが忘れたけど猫全般好き。あと今までいったとかなかったと思うけど爬虫類が好きとのこと。星咲くん、レオパ飼おう

ギターの練習どうやってる?⇨youtubeの練習動画漁ってます

歌ってみたいジャンルは?⇨KPOPのダンスミュージック好きなのでやりたい

新曲のポイントは?⇨全曲レコーディングに9時間ずつくらい掛かっていてかなりこだわっている。今まで歌ってこなかったタイプのノリの良い曲もあり挑戦だった

 

世界にたった一人しかいない君に

ここからが今回のライブの目玉、CD収録のオリジナル曲のお披露目。それに合わせておかなband登場(Gt.Ba.Dr.の構成)

ちなみにギターはこの曲の作編曲者中村純一氏(笑顔がかわいい)。僕はこれでなかじゅん案件5回目だったんだけどなかじゅんを推していこうね。

まず生音バンドサウンドという贅沢感とそのサウンドクオリティに酔いしれる。昨年6.10高円寺HIGHというライブハウスで開催された「星咲花那 バースデーワンマンライブ〜Star☆Flower〜」でもその日限りのおなかbandが結成され東京事変の曲等披露されましたが、こういっちゃあれだけど去年のbandとは別次元レベルの重厚でいて落ち着きのある大人のサウンドに酔いしれましたね。全曲CD収録とは少し違ったこの日の用のbandアレンジだということで贅沢でした。

また「世界にたった一人しかいない君」に向かって歌い続ける歌詞も歌唱も星咲花那の気持ちが溢れていて、じーんと感動してお気持ちになってしまいました。

 

惑星ダンス

次の曲はトークコーナーでも少し触れた通りノリの良い今まで歌ってこなかった曲調になっているとのこと。そしてここからさらに特別ゲストとして今回のCDのプロデューサー兼作編曲である野崎心平氏がギターに加わってもらいます!とのことで野崎心平氏最前客とハイタッチしながら登場(このくだり遅れてきた生誕祭⁉︎でみた)。

星咲くんが野崎さんのこと心平さんって呼んでるの萌える。

僕は先程の曲で正直お気持ちになってしまっていたのでノリの良い曲と言われてもあまりノレないでいたんだけど、じわじわと優しく高まってくる曲調に僕の気持ちも少しづつ氷解していき最後には明るい気持ちで楽しむことが出来てきた。

 

Song Flower

今回リリースCDの表題作。この曲だけは事前にMVが公開されていたんだけどそういえば結局みてないなぁと連番者に伝えると軽くひかれました…まあこれは自分が悪い。

そんなテンションの曲前でしたがいざ実際に聴いてみると今回のCD収録曲の中でこの曲が一番好きです。

彼女はシンガーソングライターとしてやっていきたいということで、歌唱力の高さはここに来ていた観客の誰もが認めるところだけど、今後も歌い続けたいと思った時本当に必要になるのはその人が歌う理由です。彼女がどのような人間を目指しどのような感情を歌に乗せて歌っていきたいか。シンガーソングライターというセルフプロデュースでオリジナル曲を生み出す作業にはそういった気持ちの整理が必要になります。

AIKATSU☆STARS! 卒業後元メンバーの中ではMi☆nA(堀越せな・天音みほ)と並び様々なイベントで歌い続けた忙しい一年間でしたが、時にアイカツ曲を歌うこともあれどカバー曲を歌うことがほとんどで、自分のオリジナル曲が「アイネクライネ 夜のムジーク」だけだったというのは常に引っかかっていたそうです。僕もいちファンとして、ディアステージは星咲のオリ曲はよ!と雑に求めていた側の人間ですが、本気で自分が歌う理由について自問自答を続けたからこそこうやってオリジナルCDが完成するまで一年掛かったのだと思います。SNSやMCではいつも天然明るくて不安を吐露することが少ない彼女ですが、どの曲も先が見えない現状への不安を吐露する場面があるんですね。その中でも歌い続けたい意志と、何より目の前のたった一人の君に歌い続けるよという意志を示してくれたのが嬉しかった。星咲花那が目の前のたった一人の君に向かって歌っているのを見て聴いて、アイカツオタクは第22話「アイドルオーラとカレンダーガール」や「劇場版アイカツ!」での「多くの人に漠然と伝えたいと思うより、目の前の一人に向けた方が伝わるよ」というエピソードを思い出したのではないでしょうか。

それに加えて星咲花那という名前に込められた意味

Wikipedia編纂有識者によれば星咲花那の名前の由来は、『星が花のように咲いてみんなの心の中で輝き続ける』とのこと)

を星やFlowerというモチーフに込めて自分の表現に昇華してくれたのがエモなんですよ。松岡ななせのオリジナル曲「Vintage」でStarlightって単語が出てきたのがエモですが、「Song Flower」にはスターラインというこれまでアイカツで紡いだ絆を感じられてるのが嬉しいよ。

サビで夢について繰り返し歌っていく中、大サビで星になって輝きを放つのが最エモで、まあ泣いちゃったよな…

 

encoreコール始動がはやすぎる

 

Summer Tears Diary(かな from AIKATSU ☆STARS!)

ライブ前はさ、やっぱりアイカツ曲やるとしたら何がくるかなみたいな話やキズナ Sparkling Worldはくるやろ(フル音源化おめでとうございます)って勝手に盛り上がって期待しちゃうけど、おかなbandからの流れがエモすぎて正直何がきても優勝していたので何でも来いという気持ちだった中、ここで「Summer Tears Diary」が来たのはほんとに驚いたし、ただ棒立ちでお気持ちになってしまいましたね。

曲後のMCでこの曲ソロで歌うのははじめてなの(今まで天音みほソロや香澄姉妹しか歌われてこなかった)くらいの軽い触れ方でしたが、「あの日みた夢のはじまり」の題名の通りこれから新しい一歩を踏み出すためのライブでこの別れの曲を選んだというのは色々な意味が考えられるよね…

ただ、突然のアイカツ曲に高まる気持ちは分かるけど、妙にノリノリに高まってるオタクが結構いて(クラップは違うやろ)

私も「みんな変わっちまったな…」というオタク特有の哀愁も感じて参りました。

2番入りから、もし天音みほさんが合流して「君を探しても〜」と歌いはじめた時失神する準備は一応していたんですが(MF2017の再現)流石にそれはなかったので生きてます。

 

君がいるから(作詞作曲:星咲花那)
おかなband再登場。

アイカツ時代担当曲に当たることがなく直接的な関わりがなかった野崎心平さんプロデュースの元このCDが完成したかというと、AIKATSU☆STARS! のメンバーは活動の中でそれぞれ後学のためいくつかのレコーディング現場などを見学させてもらう機会があって、そういう機会の中で野崎さんと知り合い音楽の話で投合し、卒業後のこういう機会に恵まれたとのこと。

(どうして藤城リエがオリジナル曲を石濱翔氏に編曲してもらったりMONACAスタジオに入り浸っていたのかというここ半年くらいの謎の一端がわかった気がする。)

 

他の曲も作詞に携わる部分も多かったが、その中でもこの曲は自身で悩みながら作詞作曲した曲です。

っと最後の曲がはじまるかと思ったら、聞き馴染みのあるバースデーソング演奏からのバーズデーサプライズ!

ケーキと有志ファンからの寄せ書きが贈られ、ほんとうに幸せですとのこと。よかったね!

そして最後の曲がはじまる。

 

星咲花那はやっぱり目の前の君に向かって歌っている。

CD収録の4曲ともほとんど共通のテーマを歌っているけどそれだけ歌を聴きに来てくれる人への感謝が原動力になっていたんだろう。

AIKATSU☆STARS! メンバーの卒業後の個人現場って、キャパ200以下の小さな現場がほとんどで、特に星咲くんの場合唐突に平日イベントが入ることも多くファンはかなり試されていた部分があった。そういうファンへの感謝をこめて。そして500のキャパを埋めたこの日のファンに向けて歌い続けてくれたこと。これからも歌い続けていくんだという決意表明を受け取って、いやとても良い夜になったなと。久しぶりにアイカツオタクやってきてよかったなと清々しい気持ちで会場を後にしたのでした。

 

最後に持論だけど、AIKATSU☆STARS! という伝説のアイドルグループがいて彼女たちが残し与えてくれたものって星々の輝きの様にそれはもう永遠のものなんだって僕は信じているし、既に一生分の感動を貰ったと思っているから彼女たちが卒業後も全員芸能活動を続けてくれているのはもうボーナスステージでしかないんだよ。

それでも、それでも彼女たちが僕たちみたいなクソオタクのためにも歌い続けていくんだとしたらその限り追いかけて行きたいと思うし、

サヨナラはいらない ずっとずっと…アイカツ!なんだよな。

2019.3.8「Wake Up, Girls ! FINAL LIVE ~想い出のパレード~」どうしてSSAが埋まったのか

ファンの応援活動の在り方について書きました。

2019年3月8日、大衆的な評価から負け続けてきたとされる声優ユニットWake Up, Girls! FINAL LIVE ~想い出のパレード~」の会場はさいたまスーパーアリーナ。誰もが大きすぎると思ったSSAがなぜ1万3000人で埋まったのか。一般発売のチケットが完売した時WUGちゃん自身が一番驚いていたし、古参やガチなワグナーほど驚いていたように思う。新参の自分は知る由もないが2018年5月12日幕張メッセイベントホールが埋まらなかった「Green Leaves Fes」を体感した人への衝撃は大きかっただろう。

2019年3月8日のSSAが埋まった理由。一人一人の口コミの情熱で埋まったのではと、本気で思っている。

 

One In A Billion

そう思うのは3月8日「One In A Billion」が歌われたこと。そして同曲をWake Up, May'n!としてコラボしたMay'nがチケットを自前で手配し、客席からいちワグナーとして応援していたこと。

正直WUG曲の中でも「One In A Billion」はあまり聴き込んでいなかったしMay'nのことも名前は知っていても詳しくはない。Wake Up, May'n!が結成された経緯も大して知らないのだけど、レーベルメイト同士みたいな商業じみたコラボではなくWake Up, Girls!に惚れ込んだMay'n自身の強い想いによって実現したコラボレーションだと聞いている。

大衆的な評価から負け続けてきたWake Up, Girls!にとって業界の人気歌手直々のコラボレーション。しかも世代的にWUGちゃんにとって憧れの存在との共演がどれほどの希望や勇気を与えたか。

結果的にタイアップ曲全てがWUGにとってセトリから外せない大切なものであり披露されたが、その中でも絶対「One In A Billion」は入るのはわかっていたし、May'nの分空白となった白のスポットライトによって、Wake Up, Girls!からMay'nへ最大限の感謝を示した。

One In A Billion

奇しくも同曲のテーマである100万分の一。

この広い世界で君と巡り合った奇跡。

一人のワグナーとしてWUGちゃんを全力で応援したMay'nや一人一人のワグナーの熱意が巡り巡ってSSAを埋めた奇跡。

 

業界内からの熱意

全国12会場33公演、半年にも渡るHOMEツアーを大成功させたWake Up, Girls!が獲得したエクストラステージSSA公演。例えばμ'sのような他のファイナルライブのケースをよく知らないのだけどHOMEツアーのワグナーたちの圧倒的な熱気とは異なり、SSAで大々的にファイナルを迎える声優ユニットに対するアニメメディアや世間の反応はあきらかに薄かったと思う。最後の半年にも満たない期間しか知らない僕がいうのはアレだけど、雑誌の表紙を飾ったり大々的な特集が組まれたりという話は聞かなかった。SSAに取材に来たメディアも見当たらなかった。もちろんメディアに載るには政治的な手続きが必要だしそういう面でWUGコンテンツの体力が足りなかったのはそうでしょう。 

大手メディアに頼れないWUGがSSAを埋めるのはやはり簡単なことではない。

一般のワグナーだけではどう考えても難しいSSAを埋めるという挑戦をまず後押ししてくれたのは業界関係者の熱意だ。上で挙げたMay'nさんの話もそうだし、声優ラジオを聴く上で避けて通れない鷲崎健さんも多大な貢献をされた方でしょう。自身を言語化おじさんというだけあってWUGちゃんの魅力をとにかく語り尽くしてくれた。WUGは大手メディアには載れなかったけど異常な熱量を持った業界人とのつながりが強かった。

声優ラジオに触れる上で避けては通れないラジオパーソナリティ(本職はミュージシャン)。

本人自ら俺のこと嫌いな奴は多いと思うけど…と言うように喋りや番組追求への厳しさから、推しの番組をただへらへらと聴きたいだけのオタクにとっては苦手意識を持つ人も少なくないのかもしれない。自分も元々少なからずそういう意識を持っていたけど、その実態は音楽やエンタメにどこまでも真剣でエンタメの言語化を本気で実践しているお喋りおじさんだった。

個人的にはAIKATSU☆STARS! の裏曲的な「ラン・ラン・ドゥ・ラン・ラン!」を超カッコいい曲だよねと褒めるのを聴いたとき無性に嬉しかった覚えがある。(絶対広川恵信者だよ)

WUGちゃんに関しても番組で絡む機会が多く、まゆしぃが推しになってからはWUGの魅力の言語化が加速して、自分が仕事の都合上行けないSSA公演やWUGの魅力についてどのメディアより熱く、時には泣きながら語ってくれた。

WUGちゃんねるという楽屋のWUGちゃんにもっとも近い部分を映してくれた神番組に飽き足らずバスツアーや忘年会のライブ配信。WUGちゃんねるだけでなく、親番組ファミ通ちゃんねるの枠でも番組を用意して下さったりと、待遇とスタッフの愛が異常。ワグナーから集めたコメントを色紙にして最後のWUGちゃんねるの配信でプレゼントしたのも尊すぎたな。SSAの前日発売の週刊ファミ通にて、一番見やすい真ん中の折り目から始める18ページもの大特集を組んで送り出してくれた恩は一生忘れない。

アニメイトタイムズさん、というか川野優希さんのWUGに関する記事を是非読んでください。熊本に行けなかった僕は川野さんの記事に心底助けられたしWUGに関してここまで書くようになったのも川野さんの影響が大きい。仕事だからという領域を超えて、自分が知った素敵な世界とその想いを世の中に伝えたい、残したいという熱意をあなたの記事から受け取りました。

フェアや限定特典にどこよりもアツかったお前しか勝たんゲマ(でも僕はわぐらぶで買う)

唯一といっていい放送局による密着特集。

ANIMAX MUSIX 2018 YOKOHAMAではWUGに特別な花道を用意してくれた。

 

i☆Risおじさんからただの水色ワグナーになっていたバロン大野等々、WUGに惚れた一人一人の業界関係者の熱量が尋常じゃなかった。

それとSSAに向けてWUGの各メンバーが色々な声優の番組やラジオに出演していたけどWUGはどこでも推し補正なしで愛されていた。これは補正込みの発言だけどこんな良い子たちいないもん、そりゃ業界人からも好かれるわ。

各界隈オタクは自分の推しの話しか聞かない、これはガチ。でもそれって翻すと自分の推しが勧めるものに関しては興味を持つということ。WUGちゃんがアニメや舞台で共演した人たちの中から熱烈なワグナーが生まれ愛されていったのは、実力以外にも人柄とか色々あったんだろうね。自分の推しがWUGを褒めていたら興味を持つ。オタクってめんどくさいようで単純だ。

完全余談だか舞台プロジェクト東京ドールズの稽古場で堀越せなさんが極スマ歌いながら奥野香耶さんに雑に絡みにいって、「…?」「あ、極スマです笑」「あ…のれなくてごめんね」って気を遣わせたエピソード狂おしいくらい好き。

 

ワグナーの熱意

結局はこれに尽きる。

横須賀でHOMEツアー終了後のエクストラステージ、SSAでのFINAL LIVEが発表された夜センターメンバーは舞台上で不安を零したという。

冒頭に戻るが埋まらなかった「Green Leaves Fes」を体感した人こそFINAL LIVEの喜びとは別に、そういった不安な想いを抱いただろう。わずか2ヶ月ちょっとの準備期間であのSSAを埋めなければならない。前述のようにWUGコンテンツに大々的な宣伝をうつ体力はないのでこれまで通りひたむきにやっていくしかなかった。

ワグナーは既にHOMEツアーを成功させつつあったWUGちゃんの実力を目の当たりにしているにも関わらず、WUGちゃんは自分たちの大衆からの評価に確信を持てず、初めての人でも絶対楽しませるからと売り込みをしなければならない状態。

普通ファイナルを華々しく飾る大型コンテンツのファンだったらむしろチケットの争奪戦になり自分の周りのことしか意識が及ばないだろうけど、ワグナーの場合WUGの実力を知りながらも自分たちで地道に宣伝しなければならないWUGちゃんたちの姿に心打たれ、自分も力になってSSAを埋めたいという当事者意識を持たなかった人はいないんじゃないか。

わぐらぶ先行申し込みの上限7連番は7人というWake Up, Girls!にとって重要な数字であると同時にワグナーよ、どうにか7連番集めてくれという運営からの願いでもあっただろう。

ワグナーはHOMEツアー中各地のあらゆるものを枯らしていったが、わぐらぶ会員限定のHOMEツアー全国12会場スタンプラリーのコンプリート特典であるアルティメットバッグステッカーの配布予定分まで枯れたという。33公演全通者やそれに準ずるレベルの化物ワグナーが3桁は居たって言われてる。

そのレベルのガチ勢や他のワグナーたちが連番者をかき集めることでSSAの半分は埋まったのでないか。

WUGちゃん自身の頑張りや魅力が8割方なのは大前提として、WUGのことを本気で好きな人たちの熱意がいろいろな行間を埋めSSAを埋めるに至ったのではないかというのが僕の考えです。

 

ファンの応援活動の在り方

今回のメインテーマ、まず持論から。

究極のファン活動って推しの仕事に対して自分の仕事で報いることだと思う。自分の番組のフリートークでWUGの事を話し続けた鷲崎さんのように、自分の得意な領域で推しの魅力を伝えるなど外に開いた応援が出来る人ってかっこいいと思う。WUGの場合少なくともファイナルに向けては、これまで書いてきたように外への発信力や熱意ある業界人やワグナーの割合が凄かった。

ここで少しガチ恋論を。これはガチ恋を否定するものではなくただの指摘だけど、ガチ恋と応援活動の両立って究極的には成り立たない。

ガチ恋みたいに究極的には自分だけへの私信を求める行為は自己満足的で閉じた応援活動だ。いやそもそも応援と呼べるのか。推しのことを語っているようで自分語りやイキりにしかなってない人が多くないか?自分の好きな対象の魅力を客観的に人に伝えるのって難しいんだ。内向きの応援が推しの活動を後押し出来るのか疑問だし先へのつながりを生まない。自意識的にやってるならいいと思う。実際イキるのは楽しいし誰だって接近の後はガチ恋しちゃってる(個人の感想)。

ガチ恋とは別の閉じた応援について具体例を挙げるのはアレだけど(そんな◯理が好きだよおじさん)とか(W◯Gちゃんがんばっぺおじさん)とか相手の想いを汲んだ上で放ったものではない。自分が気持ち良くなるための言葉だ。繰り返すけどこれは批判ではなく指摘、いやでも例が具体的過ぎて流石に悪口か。現場だとこういった不確定要素が面白かったりするしなんだかんだ本当に嫌いではないのだけどこのニュアンス伝わるかな。

自分の愛の重さでイキるな。究極的にはオリンピックで金メダルを獲った時やノーベル賞を受賞した時、推しが支えでしたと言えるオタクが世界一カッコいいと思う。自分の仕事や人生の中でこそ推しに報いたい。話が逸れている。

 

繰り返すがワグナーを語る上で当事者意識というものが度々挙げられた。WUGちゃんのとてつもない魅力や実力を知っているのは自分たちだけで、彼女たちが世界から見つけられず認証されない悔しさ。満員のSSAを確約させてあげられない悔しさ。

何よりWUGちゃん自身のSSAを埋めることに対する不安や色々な番組に出演してひたむきにお願いしている姿に心を打たれ、当事者意識を持たなかったワグナーはいなかったと思う。

界隈だとか勢力争いだとかクソったれが横行するアニメコンテンツ業界の中で、自分語りやイキりではなくWUGをただ知って欲しい見て欲しいという純度の高い外に開いた応援活動が繰り広げられた、そんなSSAまでの準備期間だったように思う。

これだけの規模、これだけ濃いファンの応援活動はもう二度とお目にかかれないかもしれない。僕はワグナーの功績をこうやって言葉に残す。

 

HOME

最後になるがSSAの完売はWUGやワグナーにとって本当の目標ではなかった。

本当の目標はこれまで各地にHOMEといえる場所を増やし続けたWUGの活動における最後のHOMEをSSAに作ることだったと思う。

だからチケット完売した後も、何千人もの新規が訪れ完全HOMEにはならないと予想される空間をどうやってHOMEに変えていくか。その為にワグナーにどういう振る舞いが出来るか考えた人は多いと思う。2600人の精鋭が集まった公開リハでのコールはまったく響かなかった。やはりSSAは大きすぎた…

だから開演の瞬間までWUGがSSAで勝てるのか分からなかったし、新規の心をぐっと引き込むために初手「海そしてシャッター通り」や「言葉の結晶」がありえるのではと本気で考えていた。

 

浅沼さん、日高さん、鈴村さんの開場アナウンスが終わり一曲目のイントロが流れてくる。はじまりのコールが世界一カッコいいあの曲だ。

 

Wake Up, Girls!

のコールと共にSSAが本当に爆発した瞬間、

大衆的な評価から負け続けてきたWake Up, Girls!は既に勝っていた。SSAの全員の心を掴んでいた。

2600人ではまったく響かなかったSSAに1万3000人の熱量が響き渡った。

WUGちゃんやワグナーの熱意はちゃんと新規に届いていたんじゃん…既に全員ワグナーでHOMEだった。

 

そうやって「Wake Up, Girls! FINAL LIVE ~想い出のパレード~」の幕が上がったんだ。

Wake Up, Girls!FINAL LIVE ~想い出のパレード~へ、祈りと引用

Wake Up! この祈りよ届け

今 夢に向かうよ 両手伸ばして

Stand Up! 迷いなく走り出そう

この世界で 生きるために

君と共に my only one.

『タチアガレ!』WakeUp,Girls!

 

愛は祈りだ。僕は祈る。僕の好きな人たちに皆そろって幸せになってほしい。それぞれの願いを叶えてほしい。温かい場所で、あるいは涼しい場所で、とにかく心地よい場所で、それぞれの好きな人たちに囲まれて楽しく暮らしてほしい。最大の幸福が空から皆に降り注ぐといい。

僕は世界中の全ての人たちが好きだ。名前を知ってる人、知らない人、これから知ることになる人、これからも知らずに終わる人、そういう人たちを皆愛している。なぜならうまくすれば僕とそういう人たちはとても仲良くなれるし、そういう可能性があるということで、僕にとっては皆を愛するに十分なのだ。世界の全ての人々、皆の持つ僕との違いなんてもちろん僕は構わない。人は皆違って当然だ。皆の欠点や失策や間違いについてすら僕は別にどうでもいい。何かの偶然で知り合いになれる、ひょっとしたら友達になれる、もしかすると、お互いにとても大事な存在になれる、そういう可能性があるということで、僕は僕以外の人全員のことが好きなのだ。一人一人、知り合えばさらに、個別に愛することができる。僕たちはたまたまお互いのことを知らないけれど、知り合ったら、うまくすれば、もしかすると、さらに深く強く愛し合えるのだ。僕はだから、皆のために祈る。祈りはそのまま、愛なのだ。

 祈りも願いも希望も、全てこれからについてこういうことが起こってほしいとおもうことであって、つまり未来への自分の望みを言葉にすることであって、それは反省やら後悔やらとはそもそも視線の方向が違うわけだけど、でも僕はあえて過去のことについても祈る。もう既に起こってしまったことについても、こうなってほしいと願い。希望を持つ。

 祈りは言葉でできている。言葉というものは全てをつくる。言葉はまさしく神で、奇跡を起こす。過去に起こり、全て終わったことについて、僕達が祈り、願い、希望を持つことも、言葉を用いるゆえに可能になる。過去について祈るとき、言葉は物語になる。

 人はいろいろな理由で物語を書く。いろいろなことがあって、いろいろなことを祈る。そして時に小説という形で祈る。この祈りこそが奇跡を起こし、過去について希望を煌めかせる。ひょっとしたら、その願いを実現させることだってできる。物語や小説の中でなら。

舞城王太郎好き好き大好き超愛してる冒頭文

 

あなたに 誰かに 聴いてほしいことがある

想いの 言葉の結晶

『言葉の結晶』Wake Up, Girls!

 

僕は世の中を儚気に歌うだけのちっちゃな男じゃなく

太陽が一日中雲に覆われてたって 代わって君に光を射す

優秀に暮らしていこうとするよりも 君らしい不完全さを愛したい

マイナスからプラスへ 座標軸を渡って

無限の希望を愛を 夢を奪いに行こう

捕らえに行こう

『hallelujah』Mr.Children

  

この日々を未来にしよう この日々を信じていこう

憧れてる お互いのまま わたし達は走る

見守ってて大事なJewel 涙ごと煌めくJewel

どんな時も どこにいても 大好きだよ

忘れないで

『Jewel Star Friendship☆』るか・ななせ・かな・みほ from AIKATSU☆STARS!

 

そう明日もその先だって 答えは一つだった

僕らの儚い美しさ

人生のほんの一瞬 夢を分かち合った

忘れないたとえ離れても

君といた星はVintage

『Vintage』松岡ななせ

 

いつかの夢 私の夢

Say Goodby

今だけは今しかない

夢を追いかけたいよ

また迎えに行くから

待っていてね

『snuggery』久海菜々美(山下七海)

 

出会い 始まり 楽しさ

満ちた春は

別れ 終わり 悲しさ 背負う春で

心まじわり揺さぶられる交差点に

君は立つ

選んで 進まなくちゃ

溜息デクレッシェンド 静かになる

勇気出す一歩 準備してる

さあもう大丈夫 歩き出せるよ

桜色クレッシェンド 色めく春

舞い上がってった はかない夢は

さらってったんだ

ひとしずくまで

二度と戻らない その日々が

明日を連れてくるよ

まっすぐ受け止めて進んでく

嬉しいも切ないも自分

未来作ってゆくんだ

『桜色クレッシェンド』永野愛

 

───────────

 

 

 

 

無理はしない 僕は向こうにいるよ

“愛したら報われる”んなら

どんな手でも使うところだけれど

君のいない世界にだって おそらく

何らかの幸せを見出す

そんなことは当たり前になってしまう

働こう

『労働』peridots

WUGのセンター吉岡茉祐とWUG現場の異常さ

Wake Up, Girls! FINAL TOUR - HOME - ~ PART Ⅲ KADODE ~愛知3公演でぶつけられたものを言語化しきるエネルギーを持ち合わせていないので、WUGのセンター吉岡茉祐さんとWUG現場(というよりPART Ⅲ KADODE )の異常さに絞って書きます。

 

 WUGのセンター吉岡茉祐さん

Wake Up, Girls!の絶対的センターであるまゆしぃこと吉岡茉祐さん(顔がいい歌が上手いダンスかっこいい)。

17日愛知昼は公演ごとに異なる日替わりプリンセスにまゆしぃが選ばれ「HIGAWARI PRINCESS」という楽曲をセンターで歌いました。曲前、吉岡茉祐さんをピックアップしたスライドショーが流れ各メンバーから吉岡さんへのコメントが紹介されます。吉岡さんのパーソナルな部分の可愛らしさや真面目さに触れると共に、ほとんどのメンバーがまゆしぃこそWUGの絶対的なセンターなんだということを強調していました。

メンバー中唯一芸能経験があったまゆしぃは業界初心者の他メンバーに比べ最初からパフォーマンス力で一つ抜けた存在だったみたいですし、性格的にも超負けず嫌いでセンターポジションへのこだわりは幾度も語られてきました。努力と経験を重ね、全メンバー初期とは別次元へと底上げされた現在のWake Up, Girls!においても総合力においてやはり一つ抜けている存在。センターになるべくしてなったんだと目撃した人誰もが認める存在が吉岡茉祐さんです。

繊細なWUG楽曲の特質性と相まって、各メンバーの声質も繊細で透明感溢れる人が多い中で、ひときわパワフルな歌声とダンスでパフォーマンスするのが彼女。でも彼女の魅力はどこまでもパワフルな「タチアガレ!」や「Beyond the Bottom」に留まらず、「言の葉 青葉」「雫の冠」などバラードやキャラソンでみせるどこまでも繊細な歌声や表情。

相反する二面性の化身みたいな魅力的な人です。

「HIGAWARI PRINCESS」の間奏ではその日のプリンセスからオリジナルの台詞が入ります。

例を挙げましょう、同日夜公演のプリンセスだった青山吉能さん。

「よぴよぴプリンセス〜よっぴ〜ぷりぷり〜ww」(芹澤感)

これにはメンバーも水色推しもズコーーー。

すまんがこれは駄目な例。でもそんなよしのが好き。

続いて昼公演吉岡茉祐さん、

「(ありえん可愛い)プリンセスもいいけどぉ⤴︎」

   (ありえんイケボ)プリンスもいいよね(微笑み)」

ほんとすごいのよ。演じ分けが。天才。

本人は可愛い系キャラを演じるのを極度に嫌がる故他メンバーからいじられてしまいますがマジで可愛いんだから仕方ない。

ライブ中誰よりも活き活きとした表情でオーディエンスを煽ったりはっちゃける(暴れる)まゆしぃは間違いなく舞台上を自分の生きる場所とする生粋の表現者であると同時に、誰よりも可愛らしい一面を備えているのがズルい、好き。

そんな中17日愛知昼公演の「Beyond the Bottom」は魂が震えた。

(夜公演BtBをベストに挙げる人も多くどちらも相当ヤバかったのですが個人的には昼です)

16日夜公演の時点でもまゆしぃの歌の気迫にボロボロに泣いてしまったんだけど17日はあらゆる面で異次元だった。

この曲の歌い出しはまゆしぃだけど歌い出し前時点でのオーラと一つ一つの動作が異常だった。何をみせられてるんだと思った。そして歌がはじまりあまりにも気迫を纏った歌声に感情が臨界点を越えて頭がおかしくなり只の感情になってしまった。こんなステージみたことなかった。

普段はよぴちゃん中心に他メンバーをみているんだけどこの演目の吉岡茉祐からまったく目が離せなかった。人間としてのパフォーマンスの究極、或いはそれ以上の何かをみせつけられた。

丁度21日アニメイト池袋にて行われた頂点ズ※のトークショーで「Beyond the Bottom」の話が挙がったそうです。

拝見させてもらったレポートにて、

BtBは人として歌ってない、魂になって歌ってる。メンバーが2人ずつ手を繋いで目を合わせた瞬間に人間に戻る。(永野)

i☆Risさんにもこの曲は人気があって歌いたいってずっと言ってたんだけど、この曲だけは譲りたくなくて、私達以外の色には染められたくないという意地が詰まった曲。(吉岡)

という本人達からありえん強い解釈が。

でもあのパフォーマンスをみせつけられたら間違いなく納得する。

作詞の彼は今でも「Beyond the Bottom」はWUGにとって書きすぎた歌詞、個人的な想いをのせすぎた歌詞だと考えているのかもしれないが、最早そうではなくなったと今の彼女達のパフォーマンスをみればわかる絶対に。そういう領域に達していた。

そんな鬼神の如きパフォーマンスを見せた吉岡茉祐さんですが、奥野香耶さんがまゆしぃの真っ直ぐな瞳が大好きと表現される様に、ステージから降りた素の彼女の控えめで実直な魅力がまた…

どこまでも真っ直ぐな歌声とどこまでも真っ直ぐな瞳。こんな人間が存在したんだと率直に思う。 

MEMORIAL衣装からアンコールでツアーTシャツ+アニサマスカートに着替えた時一番ギャップが出るのが彼女だと思います。(門出のための麗しいMEMORIAL衣装からTシャツに着替えた時全員どこか芋っぽい姿に戻るのも、やはりWUGの魅力だと思います)

汗だくでツアーTなどラフな装いになってる時の彼女はちびまる子ちゃんのような素朴な女の子に戻っているかのようだ。

とてつもない業を背負った「BtB」や「タチアガレ!」を経て、只の女の子に戻った彼女達が「Polaris」という彼女達自身の重さが詰まった曲を最後には笑顔で歌う姿が好きなんです。

この項は主に吉岡茉祐さんの二面性について書きましたが相反する二面性というものはWUGというグループ全体にも当てはまると思う。そして今、彼女達は最強のセンターと最強のグループになっている。

 

ワグナーとWUG現場の異常さ

舞台に上がる演者や舞台を作り上げるクリエイターサイドの人間と観客側(消費者サイド)の間には絶対的な断絶が存在する。

青山吉能がWUGとワグナーの関係はファンと演者の域を超えていると言ってくれるのを喜ばしく思うのはそうなんだけど、それを都合よく解釈してオタク側からワグナーとWUGの関係は特別だからな〜とイキるのは違う、と思う。超えちゃいけないラインだと思ってた。

ワグナーに限らず芸能人やスポーツ選手等の特別な訓練や技能を積み選ばれた人間と自分とを、さも同列に語りたがる一般人の肥大な自意識がグロくて無理だしワグナー界隈も必要以上にイキってる節があるんじゃねえかと思っていた。閉じコン(キツい表現でごめん)故の密度の濃い関係性はあったのだと思うけど、どこの現場でもピンチケの割合が違うというだけで文脈に合わせてステージやコンテンツを盛り立てていこうという集合意識は働いているもので、そこには精度の違いがあるだけだから。

それでも愛知公演で目撃したWUGとワグナーの関係性は異常だった──、というよりWUGからワグナーに向けられた信頼が異常だった。

まさか誰も愛知で披露されると思ってなかった「さようならのパレード」について、この曲を神前先生からいただいた時「後は君たちで完成させてくれ」と言われた。このタイミングで披露するのはワグナーさんとこの曲を作り上げたいから、との前振りがあった。

初披露の17日昼公演では観客はほぼ地蔵で見守ることしか出来なかった。しかし夜公演では曲中のある演出に対して拍手が起こったり最後の歌詞カードには乗らないフレーズを奥野香耶さんが一緒に!と背中を押してくれることによって合唱することが出来た。楽曲世界観のベースの様なものがすでに愛知夜公演の時点で作り上げられていた。

多くが予想していたツアーファイナルの仙台からの披露だったら多分オタクはそれぞれ受け止めるのが精一杯のお気持ちになったままSSAに向かっていた可能性が高いが、WUGからワグナーへステージを一緒に作り上げたいという明確な意思が提示されたことによって各個人が曲の解釈や最後のSSAに向けた気持ちの整理に向かっていく道筋がみえたんじゃないかな。仙台を経てもっと素晴らしい「さようならパレード」になっていくんだろうなという勇気を貰うことが出来た。

そういうワグナーの意思がすぐに現れたのは「さようならのパレード」や尋常じゃなかった「BtB」を経ての「タチアガレ!」。

今までWUGが何百回も、一番沢山歌ってきたこの曲の間奏の叫びについて、間違いなく今日が至上最高の叫びだったとメンバーに言わしめた。

またアンコールの「Polaris」。

この曲では落ちサビ後WUGちゃんたちが肩を組みながら歌うタイミングで一部の連番者や強いオタクたちが一緒に肩を組みあって歌うというのが習わしになっていたのだけど、この日の夜公演の一階席、ほぼ全員が肩を組んで歌っていた。これまで精々2、3割くらいは組んでるかなという流れだったのにも関わらず、突如一階席のほとんどが肩を組みあい、会場全体が蠢いている様子を二階から眺められたのは壮観だったな。

WUGはいつもワグナーのことをいい人しかいないと持ち上げてくれるけど、界隈間で仲が悪いだとかMIXを入れたら後ろから殴られたなんて報告が上がったりとか空気読めないタイミングで叫ぶマジモンがいたりとか、当然一枚岩ではないし解釈違いなんてそこら中にいる。

それでもMCでよぴちゃんが言ったようにそれぞれ考え方とかがまったく違う人間同士が、WUGが好きという共通点で好きな曲を共有している時間ひとつになれることがある。「今この同じ瞬間 共有してる実感」ほんまそれな…。

愛知公演後WUGとワグナー間の共依存的関係の異常さ、こんな現場ありえないみたいなことを説いていた方がいたけど、それを僕も愛知で思い知らされました。

客席の一番奥まで練り歩きたがるWUGからワグナーへの信頼。どこまでも一緒にステージを作り上げたがるWUGからワグナーへの信頼。

WUGとワグナーの関係性は間違いなく特別だし異常だった。

 

「今この同じ瞬間 共有してる実感」

昔好きだったグループの解散やコンテンツの終了を聞いたとき、「好きだったのになー」「さびしくなるねー」といった感想が漏れることってよくある。

関心のないコンテンツだったらただ無関心に終わるので、程度の違いはあれどさびしさを覚えるというのは何かしら価値観を分かち合った証だといえる。

反面すぐに「好きだったのになー」という感想が出るということはそれはその人にとって既に過去形になっているということ。さびしいけれど怖れることではない。僕にとってSMAPの解散や嵐の活動休止について一抹のさびしさは覚えるものの、その後のパーソナリティに強い影響を与えるものにはならないんだと思う。

2018年2月3日、最高のツアーを完走してハイになっていた僕らがカラオケの受付待ち時間に知ったミルキィホームズの解散も、6月某日のWake Up, Girls!の解散発表についても、僕にとっては一抹のさびしさを与える程度で内情に強い衝撃を与えるものではなかった。

僕にとっては2月4日の17:52、アイカツ!の歌唱担当グループSTAR☆ANISとAIKATSU☆STARS! が公演まで既に1ヶ月をきっていたアイカツ武道館をファイナルライブに卒業するという報せがこの世の終わりだったし、アイカツ武道館終演後死ぬんだと思ってた。それくらい想い入れのあるコンテンツでありグループだった。

グループの解散(アイカツの場合卒業と言っていたが実質解散だった)で一番怖れることは、自分にとって過去には出来ない場合だ。

推し(コンテンツ)について雑に説明する場合神だとか宗教が近いんだろうな。推しは生きていく上での軸であり指針だ。神は人知の及ばぬ絶対的存在故その存在は信仰という集合意思が消えない限り半永久的に保障されるが、我々オタクにとっての神である推しは神であって神ではない。例え信仰が残っていたとしても、人もコンテンツも極めて人為的に容易く終わりゆくものなのである。

自分が生きるための指針として失くせるものではないのにその存在が見えなくなってしまう恐怖。忘れたくないのに姿が見えなくなることで信仰が薄れ、やがて忘れてしまうかもしれない恐怖。

ライブみたいな生モノについてレポートを残したりするのって結構無粋だと実は思っている。「今この同じ瞬間 共有してる実感」こそがライブなので言葉にしてまとめてしまった時点で既に生モノではなくなっている。まぁ僕もやっちゃうし他人のレポも沢山読みたいと思うけど、究極的には自分が忘れたくないからせめて言葉に残そうとする。言葉を結晶にして忘れないよう留めておきたくなる。

話がいよいよ今のWUGに戻ってきた。

解散発表時ほぼ関心のなかったWUGを秋頃から認知し今年の大阪、長野の公演に参戦してからは、溢れる出るお気持ちを表明してきたのだけど愛知公演を経て決定的に変わったことがある。

これまで一歩引いた位置で見れていたからこそ言語化できた面があった反面ライブでは自分の気持ちの折り合いをつけられず弾けきれない感があったのだけど、上記の吉岡茉祐さんやワグナーの異常性に触れ、愛知での圧倒的なパフォーマンスを見せつけられた結果、感情が振り切れてボロクソに泣いて沸き曲でドチャクソにはしゃぐ感情の化物に戻ってしまった。

「言葉の結晶」がみんなで作る舞台芸術と評されるみたいなWUGの生真面目さみたいな部分に特に惹かれ現場に足を運んでいたのだけど、7GW衣装で「7GW」をリーダーがファーー⤴︎wwと歌ってみたり(初期によくやっていた癖メンバーに弄られてからやらなくなった)、間奏でシャチホコとにこみそにうどん(みそ煮込みうどん)とタコの刺身と手羽先風シャチホコになって踊ったり(文面で伝わらない)、割と真面目な僕フロやスキノスキルなどのミドルチューンでも自分がメインじゃないとこで一々ふざけ合ったり、アガペーの自由振りの場面でいつも反対サイドばかり沸いてると最後期のこのタイミングで怒り出したり、規範的なパフォーマンスとは別質の彼女達のバラエティ面とライブパフォーマンスとここにきてシンクロした、間違いなく最強のライブ体験だった。一歩引いてみれていた世界の沼にどっぷりと浸かってしまった。WUGも僕にとっての軸になった。

自分にとってそういう存在はアイカツ!だったし、それがμ'sであったりドリフェスであったりミルキィの人もいたのかな。

愛知公演以前までは自分が当事者になりきれていない故の余裕がまだあった。SSAは死ぬほどさびしいけれど死ぬほど怖いものではないと思っていた。

でもMCで青山吉能も言ったけどライブが楽しければ楽しいほど終わりがみえてきてさみしくなる。愛知が死ぬほど楽しかったので帰り道自分が仙台に行けないことが死ぬほどさみしかったしはじめてSSAが怖くなった。あの2.28の武道館の感情を思い出してしまった。

Wake Up, Girls!との「今この同じ瞬間 共有してる実感」はSSAで終わる。

 

でも愛知で観ることの出来たWUG最後の曲、「さようならのパレード」で歌われていることは、終わること・進むこと・生きること。

だから3.9以降も生きていくしかないしそもそもメンバーの仕事の詰まり具合が強すぎるのでオタクも休む暇なんてなく(それでも特に田中美海さん休んで欲しいけど)それぞれの物語をはじめる、今日が生まれ変わるSTART DASH SENSATIONなんだ。

(終演後石濱翔田中イベムーブ やりません)

「Wake Up, Girls!」は屈折して透明になる

アイドル「Wake Up, Girls!」とその楽曲の特質性について言語化おじさんやっていきます。WUGやアイドルに少しでも興味があれば、よければ必ず読んでください。

 

 

WUGライブのハジけきれない感じ

好きなアーティストやコンテンツのライブ中高まりすぎると記憶を失うじゃん(じゃん?)

理性を超えた感情が剥き出しになる瞬間、そういうものってライブの醍醐味だけど今年から参加し始めたWUGのライブは楽曲への思い入れの強さに反して理性が飛んでトリップしたり号泣したりってのがない。WUGのライブでは頭に色々な考えが巡りどこか客観的にみてしまう。

それは僕がWUGをまだまだ解釈出来てないということでしょう。例えば「ダイヤモンドハッピー」(アイカツ石濱翔)なら寝惚けながらでもキマることが出来るのでDNAレベルまで血肉となっているアイカツとそうでないWUGの差だといえるけど、WUG楽曲やWUGちゃんのライブパフォーマンス自体の特異性も大きいと思っている。

音楽で楽しくノるためには音圧なんだよ。アイカツシリーズのCD音源が時にほぼ音割れしてんじゃねーかってレベルまでゴリゴリに音圧を高め(L○ntisいい加減にせぇよ)幼気な女児たちを音圧漬けにしてクラブミュージックへ誘うアニメだということは有識者に知られた話だけど(語弊)WUGの中核を成す曲に音圧ゴリゴリのロックナンバーやイケイケのダンスナンバーってない。アイカツでいうところの「永遠の灯」とか「薄紅デイトリッパー」とか「episode Solo」とかそういうの。

こういう曲って音楽に身を委ねやすいのでライブで特に高まりやりやすいしトリップしやすい。

自分は「Run Girls, Run!」を経由して「Wake Up, Girls!」に来た珍しいタイプのオタクだけどRGRは楽曲派石濱翔のクールな一面も見せつつ、音圧ゴリゴリに攻める曲が多くて客も割とピンチケなノリでめちゃくちゃ楽しかった。イケイケなRGRとWUGの生真面目さみたいなもののギャップは結構大きかった。

 

揺れる 田中秀和 ガラスのように 広川恵一

WUG楽曲の二台看板といえば田中秀和広川恵一。所謂楽曲派作編曲者であり、所々イキスギてしまう田中秀和の揺れる少女の気持ちのような転調や、単音の美しさを追求しガラスのように繊細で尖った広川恵一らの楽曲というのは聴かせにいくモノが大半だし、WUGのパフォーマンスも自在なフォーメーションチェンジと生歌三声コーラス、曲や歌詞の転調に伴い楽しさの中にシリアスさが見え隠れする非常に観せる構成になっている。

田中秀和広川恵一ほどの大天才がノレる曲を書けないといってるのでなく、あくまでWUGの中核(ここではWUGらしさとする)を成す曲に関してはそういう曲を書いてないという意味です。

WUGの二大アゲ曲「極上スマイル」「地下鉄ラビリンス」は田中・広川であるし、キャラソンやノンタイアップでは「ステラ・ドライブ」や「セブンティーン・クライシス」みたいなイケイケな神ナンバーを書いている。

「素顔でKISS ME」はWUGらしさへの相反として書かれた楽曲だし、「ジェラ」などイケイケでカッコいいダンスナンバーを歌えるのはあくまでアニメ劇中でのトップアイドル「I-1club」だけという差別化が徹底されていた。

他作品と比べても田中・広川がWUGに提供する楽曲は揺れるガラスのように脆く痛い少女の気持ちのような屈折した、あるいは複雑な感情を表現した楽曲が多い。音圧でゴリゴリに攻めたり、流行りのEDMやクソオタクのMIXや家虎を入れられるタイプの曲の方が簡単に気持ちよくなれるのにWUGのライブではそういった余地が少ない。

(只の流行りの曲は作らない、それぞれ得意の分野で真っ向勝負するというのはMONACAクリエイター共通の認識、方法論であるようにも思います)

 

 

「アイドルである前に人間です」

WUGがどういうアニメであるかは以前書いたことがある。

odayakana.hatenablog.com

端的にまとめるとWUGってすっげえ人間臭い物語だって話。それこそ偶像としてのアイドルアニメへのアンチテーゼ。

元国民的トップアイドル島田真夢に「アイドルである前に人間です」といわせることに意味があった。

 

ここでWUG新章での田中秀和広川恵一へのインタビューをみてみる。

ーーとても言語化するのが難しいと思いますが、『Wake Up, Girls!』らしい曲ってどんな曲なのでしょうか。

吉岡:具体的な言葉にはできないのですが、『MONACA』さんたちの曲を私たち7人が歌うことの中に軸があるのかなと。

広川:実は他のアーティストさんに楽曲提供するときに、「『Wake Up, Girls!』っぽくなったから変えようか?」って時があるんです。

青山:えー!!!

広川:そうなんです。自分の中での差別化はある気がしています。

奥野香耶さん(以下、奥野):7人で激しくダンスをして、雰囲気もすごく楽しそうなんだけど、どこか儚さがあるというか。明るい中にそういった影みたいなものが見え隠れするのが、『WUG』の楽曲っぽさなのかもしれないなって思います。

田中:うん。確かにそういったところありますね。

吉岡:キラキラだけじゃなくてね。

奥野:そうなの。

青山:『極上スマイル』もなんか切なくなるんですよね。あんなに明るい曲なのに、「泣き笑い」というか。

ーー哀愁感というか、そういったものでしょうか?

田中:哀愁という言葉では必ずしもないのですが、作曲家としての演出意図としてそのポイントはあります。曲で人の心をどう動かすのか?ということを常に踏まえながら、作っていますので。奥野さんが仰ったように僕たちは『WUG』の楽曲について、「ただ明るいだけの曲」を制作していないのは事実です。僕たちが『WUG』の曲を作る時に、聴いてくれている方たちを「明るいだけの気持ちに引っ張っていく」ようにしないことが、『WUG』の楽曲らしさにつながっているのかもしれませんね。どう?合ってる?

広川:合ってると思います。エモみってことですかね?

田中:エモみって言うと、急に俗っぽくなるね(笑)。

広川:感情の熱さというか。そういったところはありますよね。

田中:『WUG』は劇伴も一緒に作っていたので、シナリオを全て知っている状態からのスタートでした。そこから「このユニット、この音楽」という意識付けがあったのかもしれません。

『WUG』×『MONACA』が語る楽曲制作秘話 | アニメイトタイムズ

 

僕たちは『WUG』の楽曲について、「ただ明るいだけの曲」を制作していないのは事実です。

僕たちが『WUG』の曲を作る時に、聴いてくれている方たちを「明るいだけの気持ちに引っ張っていく」ようにしないことが、『WUG』の楽曲らしさにつながっているのかもしれませんね(ひでかず)

 

奥野香耶さんの意見があまりに分かり手過ぎるのは置いておいて、WUG楽曲の本質が二大クリエイターの口から直接語られているし、このインタビューを踏まえた上でWUG新章最終話のサブタイが「明るいほうへ」っていうのがとても素敵じゃないですか?

色々言われてるWUG新章だけど意欲的で好きな部分は多いよ。

そんな明るいところだけでないリアルな人間感情を扱ったアニメだったし楽曲も必然的にそうなった。

 

白光の「Beyond the Bottom」,「Polaris

WUGのライブにおいて「Beyond the Bottom」と「Polaris」のペンライトが(基本的に)白一色になった経緯は知らないけれどその演出に相応しい、7色の光の束のような輝く巨星のような二曲だ。

BtBは僕にとって「書きすぎた」楽曲です。
何が書きすぎたかというと、彼女達ではなく、僕個人の思いを書きすぎた。

それ以外の曲はすべて彼女達に向けて書いたし、彼女達の口から出るべき歌詞を書いてある。
彼女達が歌う「べき」曲を書いてある。
しかしBtBはそうではなかった。という僕の認識。

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ヒリつくなよ。実際「Beyond the Bottom」は全人類に向けられたアガペーのような曲だし上で述べた「アイドルである前に人間です」のWUGらしさ(人間らしさ)から離れた神々しさ、偶像としてのアイドルの究極的な表現のひとつだと思う。WUGらしさを超越した究極的な表現だったからこそ続・劇場版で「Wake Up, Girls!」は世界から見つけられ認証されるに至ったというのが個人的な解釈。

ライブでこの曲のパフォーマンスをみているとノッていいのか泣いていいのか毎回わからなくなる。彼女たちはこの曲を歌っている間だけは何者でもなく何かを代弁する偶像なんだ。落ちサビ前の間奏のダンス、照らされたままのステージ上で演者へのスポットライトは消えその姿は黒くなる。それは次第に白黒にストロボ点滅し白に戻っていくが、この時の彼女たちは白でも黒でもない彼女たち自身でもない何者かになってるんだ。この曲を演っている時の異様な気魄はこの曲のパワーがそうさせているんだと思う。この間2列目ドセンからこの曲を歌う青山吉能をみてたんだけど"黒い目の魚"のような、感情の読み取れない異様なパフォーマンスだった。

そんな強い光の象徴のような楽曲が「Beyond the Bottom」であり純白が相応しい。

(お気持ち表明ポエムのような内容になってきたな…)

 

Beyond the Bottom」が彼によって生み出された強い光なら「Polaris」はWUG自身が作詞した、彼女たちの放つ光のような曲だ。

多分コンテンツ「Wake Up, Girls!」としてではなく、アイドル「Wake Up, Girls!」としての象徴は「Polaris」(と「TUNGO」)になるんだろうなと思う。

この曲は上の項で述べた通りのWUGらしさを彼女たち自身の歌詞で繋いでいく、夜道を迷わないように導く北極星のような曲だ。

 

アイドル「Wake Up, Girls!」のSSAでのファイナルライブについて彼は"俺の作品"とは関係ないと切り捨てた。確かに「Beyond the Bottom」から先のSSAまでの軌跡は彼とは関係ない彼女たち自身の成果であるわけだけど、そこに至るまでの愚直で一生懸命な歩みは続・劇場版「Wake Up, Girls!」で描かれたWUGらしさ、

真摯であること、

正直であること、

一生懸命であること。

結果的に誰よりもこの命題と愚直に向き合ってきたのアイドルが彼女たちなんだと思う。

 

 

屈折して透明になる

 


言葉の結晶 / Wake Up, Girls!

純白こそ相応しかった「Wake Up, Girls!」は、しかし最後の新曲で屈折して透明になる。

難解な新曲4曲は新参の自分には解釈できない部分が多いがそれでもいくつか言及しておきたいことがあるので書く。

アイドルアニメのモチーフとしてやはり夢や希望、輝きや星など空に真っ直ぐに伸びていく光みたいなイメージが抱きやすい。

私の敬愛するアニメ「アイカツスターズ!」の主人公は虹色のアイドルだったし、その虹色と「目指せ!アイドル一番星」のキャッチコピーのように、虹色のようにそれぞれの分野の一番強い光、一番星を目指すあらゆる光を描いた作品だった。

他にも、

「あこがれの向こう側」のアイカツ!

「輝きの向こう側へ!」のTHE IDOLM@STER 

「0から1へ、1からその先へ!」のラブライブ!サンシャイン‼︎

など、絶えず進み続ける強い希望や光こそアイドルアニメだし少なくともWUGの「Polaris」もそういうモチーフだったが、最後の新曲で光はどうしようもなく屈折して透明になった。

 

屈折している光
響きは ひび割れたまま歪んでいく
真っ直ぐに伝わらない 自分を責めていった

哀しい 苦しい 説明ならなくていい
泣いても 呼んでも 夕暮れだけ残った
一人で静かに 追いつめられる時間で
傷を削って 透明になる

存在だけで 美しいもの

絶えず空に煌めく星にはならず結晶となり地上に留まった。光は透明になった、存在そのものになった。そういう内面を映した歌だと思います。最後にこれだけ内面に迫る曲を歌うアイドルがいる?

「言葉の結晶」の一つ前に作詞:只野菜摘 作曲・編曲:広川恵一がタッグを組んだ「SHIFT」というWUG曲があります。

続・劇場版は「Wake Up, Girls!」が世界から見つけられ認証されるに至る物語みたいな解釈を上で書いてますが、この「SHIFT」という曲は認証されたい女の子がオーディションを受けて世界から見つけられたいという内容になっていて、そういう曲が生まれた後に解散が発表されて「言葉の結晶」にSHIFTしてしまったのが無限にしんどい。

冒頭で述べたWUGのライブでハジけきれない感じというのは難読な楽曲の世界観もそうだしWUGの置かれている背景がどうしてもチラつき色々な事を考えてしまうからだ。

「TUNGO」や「雫の冠」などのWUGのバラードはいつも大地や海の恵みや魂のようなものに至るまで、人の"営み"そのものを歌ってきた。

2019年になっても大震災の鎮魂歌のような「海そしてシャッター通り」を歌っている。

生活と芸能活動の両立、自分自身を背負うことすら大変で何度も泣いてきた彼女たちは最後の最後までどこまで背負わされの人の営みを歌い続けるのか、怒りさえ湧いてくることもある。自分たちでそういう道を選んできたのだとしても。

 

Wake Up!

オタクのお気持ち表明ポエムを読むごとにポエマーになるんじゃねぇ言語化をやっていけお前たちが鷲崎健になるんだよと思って書いてきたけど、想定以上にお気持ち表明ポエムになってしまったし間口を広くするつもりが只のワグナー向け文章になってしまった、つらみ。(でも それがオタクのSAGAだから)

ワグナーが、WUGとワグナーはファンとアイドルの関係性を超えているんだ!と悦に浸るのは構わないがそれは多分本質的ではなく僕が言いたいのは、コンテンツ「Wake Up, Girls!」から生み出されたアイドル「Wake Up, Girls!」はコンテンツの枠組みを超越している。

アイドルの枠組みを超越している。

これほど"人の営み"が詰まっているアイドルは他にいないよ、ということ。

これが僕がWUGを推す一番の理由だ。

 

 (後日記事 WUGとワグナーの関係性も特別だったわ…)

odayakana.hatenablog.com

 

 

誰かの人生を照らすことが出来たのならそれはアイドルだし、誰よりも人の営みそのものを照らしてきた彼女たちは、声優ユニットやアイドルアニメの枠を超えたアイドルグループ「Wake Up, Girls!」だよ。

愚直さと屈折感、どちらにも割り切れない世界の業を背負ってきた彼女たちだからこそ、虹や星とは質が異なる透明な何かに、これからなっていくのかなぁ。

 

最後の新曲「さようならのパレード」の歌詞

ねえ 何を失くした
でも 何を信じた
崩れた路上から
大切なものの 向こう側へ

さようならのパレード
あなたをつれていくよ
光のないディストピア
記憶を残したい 光で

「0から1へ、1からその先へ!」が大前提のアイドルアニメ界の中で最後の最後まで崩れた路上から、マイナスからのスタートだと歌い切る。この世にディストピアはあるのだと歌い切る。

 

3/8(金) さいたまスーパーアリーナ公演

「Wake Up, Girls!FINAL LIVE ~想い出のパレード~」のことを一番に考えて書いてきたがすごく重い内容になったし興味を抱く人が増えたのかはわからないけど、3.8を見届ける見届けないに関わらず、

2019.3.9〜の人にも向けて「Wake Up, Girls!」というアイドルがいた事が伝わればと。そして彼女たちの絶唱が心のどこかにとどまればと思う。

マイナスからのスタートであっても彼女たちが繋いできた大切な何かは、「さようならのパレード」のいちばん最後の歌詞カードには載らないフレーズのように、

誰しもの背中をそっと押してくれるものだから。